
中編
海町から来たA君の話①
匿名 2015年5月6日
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社会人になって十年目。同期は30人程。
一番仲の良いA君は漁村から就職してきました。普段は無口なA君ですが、お酒が入ると饒舌になります。
とくに自分が体験した怖い話をよく話してくれます。
これは彼から聞いた話の中で、怖いというか、不思議だなあと感じた話。
「僕は漁師町出身だけど、父は漁師ではなく役場の職員。でも親戚には漁師が多いんだ。
中学生くらいから夏休みになると、小遣い稼ぎに漁師の親戚の家にアルバイトに行っていたよ。
高校生になると漁に出るのを手伝うようになった。
そこの家はいわゆるモグリで、漁をする許可をとっていないから、夜にこっそり漁をするんだ。
普通漁は満月の前後三日間くらいしないようになっている。海の上が明るいから魚に船の存在が分かってしまい、魚がかからないって子供の頃から聞いていた。
でもその家はモグリだから満月関係なく漁をする。満月に漁に出て、驚くことに魚は普通に獲れた。
僕は、なんだ魚獲れるじゃんと思ったよ。普段より明るいから、スムーズに漁もできる。なんでみんな満月に漁をしないんだろうとまで思ったよ。
でもそれは満月休みの三日目に起こった。
その日は天気も良く、雲ひとつない夜空に丸い月と無数の星。魚もよく獲れる。
作業中は手元ばかり見てるんだけど、ときどきフッと暗くなる。しばらくすると明るくはなるんだけど、空には雲ひとつないから月が隠れてるわけではない。
沖に出てるから山や岩の影ってわけでもない。船の電気も普通に点いている。
周りを見てもみんな普通に作業しているし、僕も気にせず作業することにした。
1〜2時間もした頃だろうか、またフッと暗くなった。でも今度はいくら待っても明るくならない。
僕はあれー?っと思って親戚のおじさんの方を見た。すると『A!!下向いて目ェ閉じとけ!!良いって言うまで閉じとけ!!』と叫ばれた。
僕は何が何だか分からないけど、とりあえず従おうと思った。
でも周りのみんなも同じようにしているかが気になって、横に立っていたおじさんの息子をチラッと見た。おじさんの息子は震えながら目を閉じている。
僕はそれを見てしまったことを後悔したよ。
その肩ごしに、海の向こうに、無数の黒く丸い何かが、浮き沈みしながらこっちに向かってきていた。
人が泳いでる?って思ったけど、そんなことないよな。夜中の0時も回っているのに。
慌てて目を閉じたよ。これ以上ないくらいぎゅっと。
するとヒヤッとする、冷気って言うのかな、それがスーっと通り抜けていく。8月なのに鳥肌が立つくらい。
そしてその次には生魚が腐ったような臭いと、磯臭さ。そしてポチャッ、パチャッと何かが浮き沈みする音。
ああ、あいつらが近づいて来たんだと思った。
どんどん近づいてくる。船に何かが当たる音。ゴツン、ゴトンとずっと繰り返している。
そして突然、バーン!と船を掌で叩いたような音。バーン!バーン!バーン!
たくさんの人が叩いているようだった。
でも不思議と船は揺れないのよ。小さな船だから波に揺れてる程度には動いてるけど、何人もの人間に船体叩かれたらもっと揺れるし振動も伝わる。
ただそこには音と臭いだけあった。
時間にして20分くらいだったと思う。
急に音と臭いが消えた。それと同時に親戚のおじさんの目を開けてもいいという声。
僕は汗びっしょりで、とても作業を続けられる状態ではなかったけれど、ビビってると思われるのも嫌な年頃だったから何食わぬ顔して作業してた。
空が明るみ始めて、やっと船は岸に向かった。
船から下りておじさんは一言『おつかれさん。海は人間だけのものじゃないってことだわな。』とだけ言った。
次の日から受験勉強を理由に漁師のアルバイトはしなくなった。次の夏休みも当然な。」
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