
中編
いたるところ死骸だらけ
しもやん 2日前
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俺は登山をする。歩くときは10時間くらい山中にこもってたりもする。
ここ数年で山岳遭難事故がやたらに取りざたされるようになった。日本アルプスに無謀な装備で突撃し、行政と民間の総力を結集した捜索活動が企図され、多大なコストを世間のみなさまがたに負担させる。同じ山屋として毎度申しわけないと思う。
彼らは何十万という捜索費用を負担させられたり、(運よく行政だけが捜索を担当した場合には)費用こそかからないものの、世間のさらし者にされて相応の報いを受けている。それでも彼らはラッキーだったのだ。生きて戻ってこられたのだから。
俺のホームグラウンドは鈴鹿山脈である。三重県と滋賀県の県境を南北に分断する1,000メートル級の山やまだ。関西圏からのアクセスがよいのと手軽に登れる山が多いのもあり、毎年けっこうな数の登山者が入山しているらしい。
とはいえちょっと奥地に入ると途端に道が不明瞭になったり、道標が整備されていなかったり、まるで枝道へ誘い込むように無数のペナントが巻かれていたりと、必ずしも親切な山域とはいいがたい。そのせいか毎年けっこうな数の道迷い、遭難者が出ている。過去には死亡事故も何件かあった。
鈴鹿にはヤマヒルが出るので、事実上のシーズンインは晩秋からになる。晩秋の鈴鹿は不気味だ。落ち葉が敷き詰められて不明瞭になった登山道に、冷たい風の吹く尾根。つるべのように急降下する太陽。つい下山を急いでいる自分に気づく。
鈴鹿のメインルートには道標が設置してある。根の平峠はあっちだとか、コクイ谷出合はそっちだとか。その道標にいつのころからか、行方不明者の写真が貼りつけられ始めた。一定の地域ではあるものの、ほとんどすべての道標にべったり貼ってある。あまり気にしていなかったのだが、よく読んでみると1人だけじゃなく、2~3人ほどの行方がわからなくなっているらしい。
いずれも鈴鹿に入山するといって出発、それ以来戻ってきていないという。写真はすっかり紫外線で日焼けしてしまい、どの写真もしみだらけでまともに顔を判別できない。そのしみは見るたびにひどくなっているような気がする。まるで当人の状態を暗示するかのように。
おそらく彼らの誰もがすでに亡くなっている。入山日は5~6年前であり、生きているはずがない。そうなるとこの広い山中のどこかに人知れず誰にも見つけてもらえないまま、ひっそりと眠っていることになる。
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