
中編
気になる押入れ
匿名 2015年4月16日
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10年ほど前、当時働いていた新聞店が用意してくれた部屋での話。
この部屋は単身者用には大きすぎる押入が2つもついてるという贅沢な収納事情だったのだが、カバンひとつで引っ越してきた自分にとってこの押入は正直無用の長物で、入居した日にほとんど使うことのないスーツを入れた以外全く開けることもなく日々を過ごしていた。
しかし、ある日ふと、このほぼ使うことのない押入の戸が開いていることに気がついた。
もちろん開けた覚えはなかったが、先日友人を呼んで酒盛りをしたときに、酔っ払った誰かが開けたのかもしれない、とそのときは特に気にせず、戸を閉めておいた。
だが、またある日仕事が終わって帰ってくると、押入が開いている。おかしいな、と思ったが何かの拍子に無意識で開けてしまったのかもしれない。多少訝りながらも、そっと戸を閉めておいた。
しかしまたまたある日、帰ってきてみると押入が開いている。さすがにおかしい。自分は夜寝る際、カーテンやタンスの戸、部屋の扉などが開いていると気味が悪くて眠れないので、必ずすべて閉めるようにしているし、ましてこのデカさの押入だ。普段、床に布団を敷いて寝ている自分の顔のすぐ横に、こんなデカい押入があって戸が開いていたら。明かりを消した部屋、暗闇に慣れた目で、開いた押入の中を見たとしたら。そんなことを考えると発狂しそうになる自分が、こんなデカい押入の戸を開け放しておくなんてことは考えられない。
その後、金欠で越すことも出来ない自分は、大変に気味の悪い思いをしながらもこの部屋に数ヶ月住んでいたが、やはり押入は閉めても閉めてもたまに開いていた。
しかもこの部屋、異常なレベルで湿気っぽく、押入に入れていたスーツも、俺の私服も、仕事で使う制服もことごとくカビが生え、梅雨を迎えるとキッチンスペースの床はいつも結露していたし、窓枠は真っ黒になっている。部屋そのものの異常に俺も段々と気づき始めていたが、その間も押入の戸は気づくと開いている。
この頃には俺の精神状態も徐々にまずくなってきて、仕事の業績も悪化し、神経も衰弱して、最早いっときでも早く部屋を出たいと思っていたが、仕事が上手くいかないので金も貯まらないという悪循環に陥り、俺は一方的に弱っていくばかりだった。
しかしある日、先輩から衝撃の事実を聞かされた俺はその足で部屋を出た。
朝刊を配り終え、店に戻ってくると、隣の区を担当している先輩のMさんと鉢合わせになり、しばらく後片付けなどしながら談笑していたのだが、このMさんが「そういえば、部屋は大丈夫なの」と気になる発言をしたのである。
俺が「どういうことです?」と聞き返すと、Mさんは「しまった」、みたいな顔を一瞬したあと、決まり悪そうに「いや、Iくんの話なんだけど、聞いてない?」と言った。
要領を得ないのでさらに問い詰めると、Mさんはとんでもない話を始めた。
俺が現在住んでいる部屋は以前、Iくんという俺と同い年の青年が住んでいたという。
Iくんの部屋の近所にはIくんのお母さんも住んでいたのだけど、この母親が少し精神に異常をきたしており、一緒にいると何かと喧嘩沙汰になるためIくんは同居はせず、仕事が終わったら母親の家に行って身の回りの世話をし、それが終わったら帰ってきて就寝、翌日また仕事終わったら母親の家へ…という毎日を送っていたらしい。
ある日、Iくんと母親はまた喧嘩になった。この日の喧嘩は苛烈を極め、長時間に渡った。母親のボルテージは最高潮に達し、Iくんを鈍器で殴りつけるなどの深手を負わせ、這這の体で逃げ出したIくんは部屋に戻った。が、母親も後を追ってきており、喧嘩はIくんの部屋で第2ラウンド。心身ともに困憊していたIくんは逃げるのに精一杯だった。長い攻防の末、ついに押入まで追い詰められたIくんは、そのまま押入の中で母親に絞め殺されてしまったらしい。
話し終えたMさんは、「これ、俺から聞いたって言わないでね。」と口止めしたあと店から出ていった。Mさんが去った直後、俺は所長に辞意を表明し、店を辞め部屋を引き上げ友達の家に転がり込んだ。
俺が眠る深夜、Iくんは押入の戸を開け、俺のことを覗いていたに違いない。
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