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長編

山岳遭難体験記

しもやん 12時間前
怖い 165
怖くない 69
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ていないのなら、ここは不正解ルートなのだ。このまま下っていけば誰も歩いたことのない人跡未踏の沢に出て、進退窮まってしまう。  しかしさっき登山者がこっちを選んで降りていったではないか? わたしの思考能力は寝起き直後程度にまで減退していた。彼が何者であるにせよ、この尾根は支尾根である。尾根芯に復帰せねばならない。でももう10分も下ってしまった。登り返すのにはもっと時間がかかる。すでに歩き始めて8時間以上経っている。空腹もつらいし足腰も痛い。もう1メートルだって登りたくない。  思考は混乱し、絶え間なく降りつづける雨音が体温と正気をぐんぐん奪っていく。  なにより目前には例の派手なレインコートを着た登山者がいた。彼はわたしを待っているかのように数メートル先にたたずんでいる。有効視程が1メートル強しか得られない闇と霧のなか、はっきりと存在を感知できるというのはどう考えてもおかしい。しかしこうした窮地に先駆者がいることほど心強いものはない。  彼はついてこいとでも言うかのように、しきりに手を振って合図を送ってくる。フラフラと足が勝手に動き始める。彼についていけばこの迷宮から脱出できる。温泉に入ってラーメンを腹いっぱい食べられる。ほとんど下山した気になっていた。  わたしは喝を入れるため、無意味な大声を出した。ここでようやく正気を取り戻せた。登山者は消えていた。やはり自分の脳が造り出した幻覚だったのだ。スマートフォンを確認すると、案の定間違った尾根にいることがわかった。ロスは痛いが登り返すしかない。  無心になって分岐点へ復帰していると、雨に紛れて後ろから声が聞こえてきた。 「おーい、こっちだぞ」  わたしは振り返らなかった。 「そっちじゃない、こっちから下山できるぞ」  声はすぐ後ろから聞こえてくる。〈振り返れば死ぬ〉。直感的にそう思った。次振り返って派手なレインコートを目撃したが最後、わたしはおそらく正気を失って彼についていってしまう。  声はしつこかったが、尾根の分岐点に着いたところでぱったりと止んだ。わたしは何度も深呼吸をくり返し、素数を暗誦し、地形を読んで根気よくドロップポイントを探り、ここだと思う地点にライトを向けた。  ペナントが巻いてあるのをどんぴしゃりで発見した。命を拾った瞬間であった。  用心に用心を重ねた結果、下山完了は20:10だった。わたしの乏しい登山経験のなかでも、ベスト3に入る臨死

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  • 臨場感溢れる文章と自分の徹底した客観視が相まって面白かった
    魂観
  • 文才に尊敬と嫉妬です。
    1人で寝れない
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