
文化祭の出し物の準備で、校舎全体がどことなく浮き足立っていた、9月上旬の放課後のことだ。
秋の日はつるべ落としと言われる通り、17時を過ぎると急速に辺りは薄暗くなり、旧校舎の廊下には長い影が不気味に伸び始めていた。
私はクラスの衣装作りを手伝うために最後まで残り、夕暮れ時の家庭科室で作業をしていた。
一緒に残っていたクラスメイトが「足りない材料を取ってくる」と部屋を出ていき、私は一人で静まり返った室内で待つことになった。
西日が差し込む無人の家庭科室で、針が落ちるような静寂が訪れた、まさにその瞬間だった。
ガタガタガタッ!!!
部屋の隅に置かれていた、電源が入っていないはずの古い足踏みミシンが、突然凄まじい速度で勝手に動き始めたのだ。
恐る恐る目をやると、誰もいない椅子の前で針が狂ったように激しく上下し、セットされた黒い布へ、リアルタイムで何かが刺繍されていく。
よく見ると、それは赤い糸で狂ったようにびっしりと上書きされていく、私の本名だった。
名前の刺繍が完成へと近づいていくにつれ、私の両手足の皮膚が、まるで目に見えない太い糸で全方向から引っ張られるように突っ張り始めた。
次の瞬間、ミシンの針の激しい動きと完全に連動して、私の実際の指先がパキパキとあり得ない方向へ勝手に折れ曲がり始める。
全身を襲う凄まじい引きつりと激痛に、私は声も出せずにその場に崩れ落ちた。
これまで数々の地獄を潜り抜けてきた経験から、脳裏に最悪のルールが弾け飛んだ。
手足が勝手にねじ曲がっていく激痛と恐怖に負けて、ミシンを壊そうと蹴り飛ばしたり、家庭科室から慌てて外へ走り出ては絶対にダメだ。
もしパニックになって動けば、その瞬間に全身の関節を「見えない糸」で一気にねじ切られて即死する。
肉体が完全に縫い潰される前に、この呪縛を力づくで破壊する唯一の脱出ルール。
それは、【自分のカバンから『陸上部の部誌』を引っ張り出し、そのミシンの激しく動く針の真下に強引にその冊子を差し込んで針をバキリと折り込み、『俺の記録は縫い付けられない』と口に出して言い放つ】ことだけだった。
これまで自分が必死に走り込んできた現実の厚い記録(部誌)を境界に割り込ませ、怪異の進行を物理的にへし折るしかなかった。
「俺の記録は……縫い付けられないッ!!」
私は激痛で指先が麻痺しかける中、死に物狂いでカバンから陸上部の部誌を掴み出した。
後日談:
- 私は熱い汗と冷や汗でずぶ濡れになったまま、家庭科室の床にへたり込み、折れ曲がっていた指先を震わせながら激しい呼吸を繰り返していた。 しばらくしてクラスメイトが戻ってきた時、ミシンはただの電源の切れた古びて錆びた機材に戻っており、黒い布も糸もどこにも残っていなかった。 【文化祭の準備という日常の隙間を狙い、裁縫道具を媒介にして生存者の肉体そのものを『布』のように縫い付け、関節を破壊して引きずり込もうとする、極めて悪質な呪い】だった。 だけど、あれは絶対にただの居眠りや疲れによる筋肉の痙攣なんかじゃない。 あの学校の怪談は、文化祭前という賑やかな日常の影で、ミシンの針さえも私を抹殺するための最悪な凶器に変えて、怪談を仕掛けた。 次は10月だ
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