
置き配は、ひとり暮らしの味方だと思っていた。
在宅ワークで会議が多い私にとって、チャイムが鳴らないだけで生活が滑らかになる。玄関を開ければ段ボール、スマホを見れば「配達完了」。それで十分だった。
その日も通知が来た。
「置き配達完了」
私は頼んだ覚えがない。けれど、最近は消耗品を定期便にしている。何かが前倒しで届いたのかもしれない。
ドアを開けると、小さな箱が置かれていた。伝票の宛名は私。住所も合っている。
品名欄だけ、細い字でこう印刷されていた。
返却
箱は軽かった。振ると、中でカラ、と硬い音がした。
部屋に持ち込み、カッターでテープを切る。緩衝材の下に出てきたのは、銀色のピアス片方。
ピアスを見つめたまま、私はしばらく固まっていた。
先週、確かに失くした。洗面台の前で落とした気がして、排水口まで覗いたのに見つからなかった片方だ。
箱のラベルは、宛先と配送番号だけの簡素なものだった。
差出人を探そうと思えば探せたのかもしれないけれど、私はそこまで頭が回らなかった。戻ってきた、という事実のほうが先に来た。
「……どこにあったんだろ」
自分に言い訳するみたいに呟いて、私はそれを小皿に置いた。
見つかったものは、見つかったもの。日常は、理由まで連れてきてはくれない。
⸻
それから数日は、何も起きなかった。
ピアスは小皿の上で、ただ金属の光を返している。私はそれを見ないようにして、いつもの仕事に戻った。
四日目の昼、また通知が鳴った。
「置き配達完了」
今度は薄い封筒だった。ドアを開けると、マットの端が少しめくれている。風のせい、と思える程度。封筒は軽く、振ると中で小さく硬い音がした。
中身は——リモコンの電池。
一週間前、見当たらなくて新品に替えた。だから“なくした”というより、“どこかに紛れた”はずのものだ。裏面の小さな爪痕まで見覚えがある。私は封筒を持ったまま、しばらく立ち尽くした。
「……返ってくる、って何」
誰に対しての“返却”なんだろう。
拾った誰かが返してくれた? でも拾う場所がない。電池は家の中で消えた。
その日の夜、念のためソファの隙間やゴミ箱をひっくり返した。もちろん、もう同じ電池はない。封筒の中のそれは、確かに“戻ってきた”ほうの電池だった。
翌日も、通知。
「置き配達完了」
小さな箱。中身はワイシャツの予備ボタン。
引き出しの奥で見つからなくて、結局そのシャツを着るのをやめた、あのボタン。
三つ目が届いたあたりで、私はようやくアプリを開いた。
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