
長編
終わらない鬼ごっこ
匿名 2013年1月9日
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これは俺が小学校6年の時に、同じクラスの S って言う奴との間に起こった出来事です。
コイツはいつも挙動不審で、わけのわからない奴だった。
授業中はいつも寝ていて、給食だけ食べて、いつも帰っているだけという感じだった。
もちろんクラスでは馬鹿にされていたし、俺も馬鹿にしていた。
今にして思えば、軽い知的障害があったのかもしれない。
小学校の3年か4年の頃も一緒のクラスで、この S も含めて数人で鬼ごっこをやった事が一度あった。
チャイムがなった後にイスに座ったら終了、というルールだった。
つまり、チャイムがなった後に鬼を残して全員が席についたら鬼が負けという事だ。
最初は俺がじゃんけんに負けて鬼になった。
S は一人だけトボトボ歩いていたので、すぐに S にタッチした。
S は鬼になっても走らないで、トボトボ歩いていた。
チャイムがなってもそれは変わらなかった。
チャイムがなると、みんないっせいに教室に向かい自分の席に着いた。
S 以外は全員、自分の席についた。
「アイツ追いかけてこないからつまんねーな」
「アイツなんなんだよ」
などと、みんなで S の文句をいっていた。
そして、まもなくして S は教室に入って来た。
そしてなぜか泣いているふうに見えた。
S はイスに座っている俺にまっすぐ向かってきた。
そしてあろうことか、俺に殴りかかってきた。
どうやらイスから無理やり立たせようとしてきたのだった。
それとほぼ同時に担任が教室に入って来たので、そのまま喧嘩にもならないまま終わってしまった。
S のやった行動はクラスの奴が全員みていたので、S と遊ぶ奴はもちろん、話す奴もいなくなってしまった。
そして「S の半径5m以内に近づかないゲーム」というのがクラスで流行りだした。
これは S と同じクラスの間中、ずっと続いた。
……そういえば S が授業中に寝るようになったのも、この頃からだったような気がする。
小学校6年の7月くらいに席替えで、S と同じ班になった。
これは狭い会議室を一緒に掃除する事を意味していた。
さすがに近づかないゲームは終わっていたが、関わりたくなかった。
この会議室は先生が見ていない場所なので、誰も真面目に掃除をするものがいないところだった。
俺は手のひらの上にホウキを乗せてバランスをとって遊んでいた。
他のやつらも適当にホウキを振り回して時間を潰していた。
S だけが糞真面目に掃除していた。
掃除の終わりを告げるチャイムが鳴った。
みんなそれと同時にホウキを掃除箱に放り込んで、逃げるように会議室をでていった。
俺はホウキでバランスを取る遊びの途中だったので、バランスを崩して終わったらホウキをしまおうと思っていた。
俺がバランスを崩しゲームが終わった時、会議室に S と二人きりということに気づいたので、すぐにホウキをしまって教室から出ようと思った。
そして同時に「しまった」と思った。
S が掃除箱の前で仁王立ちしているのだった。
今思えば、ホウキをその辺にほっぽり出して教室から出ればよかったのだが、ホウキが出ていると怒られると思ったので、S に言った。
「そこ邪魔だからどけよ・・」
S は言った。
「あの時タッチされてない」
そういうと猛ダッシュで S は俺から逃げていった。
教室に帰ってからも、S は追いかけてもいないのに俺から勝手に逃げ回っていた。
自分のイスに座ると、S はニヤニヤして勝ち誇った顔で俺を見てきた。
あの時の続きをやっているのだろうか??
そしてこれは、この日から毎日続いた。
最初は呆れていたし相手にしていなかったが、前に突然殴られたときやり返していなかった事などもあってか、凄くムカつくようになった。
しかし、タッチでもしようものならこの馬鹿と鬼ごっこをすることになると思ったので、こらえた。
相手にしなければ勝手に止めると思っていたが、S の行動はエスカレートしていった。
トイレに行くのにも、イスに座ったまま引きずりながら行くようになったのだ。
そして勝ち誇った顔で俺を見てきた。
俺は S がムカついてしょうがなくなっていた。
そして俺は、ある事を思いついた。
終業式の日に俺がタッチして逃げれば、学校が始まるまであいつはずっと鬼になるのだから、もの凄く悔しがるに違いないと思ったのだ。
もちろん S は俺の住んでいるところを知らないし、教えてくれる友達もいない。
あいかわらず S は俺から逃げ回っていたが、タッチされた時の悔しがるさまが想像できて、逆に笑えるようになって来た。
そして、とうとう終業式の日がやってきた。
俺は、S が運動靴に履き替える為に上履きを脱いだ時にタッチして逃げる、という作戦を立てていた。
終業式が終わり、帰りの会も終わった。
俺は S を相手にしていないふりをして、そそくさと教室をでた。
S は馬鹿なので、学校で使う道具をこまめに持って帰っていなかった。
なので S の机だけ荷物が凄いことになっていた。
俺は逃げやすいように、手ぶらで済むようにしていた。
運動靴をはいて、隠れて S が来るのをワクワクしながら待った。
30分くらいして、パンパンのランドセルを背負った S が、荷物をひきずりながら歩いてきた。
S が上履きを脱いだ。
俺はその瞬間、うしろから S の頭をおもいっきりはたいて、
「タッチーw」
と憎々しい声で言って、その場から全速力で逃げた。
S は想像以上のもの凄い反応をした。
「ををぉーおー!」
と、もの凄い大声で叫んだのだ。
俺は笑いながら走った。
必死で悔しがりながら走ってくる S を見てやろうと振り返った。
この時は「あの大荷物じゃ走って追いかけてきてないかもしれねー、つまんねーの」などと思っていた。
しかし S は靴下のまま、荷物もほっぽり出して俺を追いかけてきていた。
S の必死さに、俺は大笑いしながら走った。
S は「殺す!」「呪う!」「待て!」を、もの凄い声で叫んでいた。
最後のほうは喉が変になっているのに、無理やり出しているような声だった。
俺は家に帰ってからも笑いが止まらなかった。
「あーせいせいした」と心から思った。
夕方頃、家でテレビを見ていると、
「をおうー」
という人間とはおもえないような声が聞こえた。
S が「殺す」といっている声だと直感的に感じ、冷や汗がでてきた。
「あいつ、まだ探してるのかよ……俺、見つかったらどうなるんだよ……」と。
その日の夜、家に緊急電話連絡網が回って来た。
S が死んだからだ。
トラックに跳ねられたらしい……。
後で知った事だが、信号を無視して道路に飛び出してきたらしい。
そして靴を履いておらず、足の裏と喉がズタズタだったそうだ。
そして、S が事故にあった時間は、丁度俺があの声を聞いた時間だった。
S が大荷物で教室から出てくるのが遅いせいか、俺が関わっている事は誰にもばれなかった。
もしかしたら死ぬ直前まで、S は叫びながら走り続けていたのかもしれない……。
あの不気味な声だけで終われば、どんなに幸せだった事か……。
その夜、S が死んだ日に聞いたあの声が聞こえてきた。
今度は追いかけられる番なのかもしれないと思った。
それからというもの、俺は毎日イスに座って過ごしている。
イスに座っていれば安全かもしれないと思っているからだ。
今はまるで、あの時の S のマネをしているような生活をしている。
イスに座って寝ている様など、授業中に寝ていた S そのものだ。
今では S のように、他人が突然追いかけてくるように思えて近づくことができない。
また「半径5m以内に近づけないゲーム」をやることになるとは、何と言う皮肉だろう。
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