
中編
押入れの隙間
匿名 2016年8月29日
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知人のYさんから聞いた話です。
去年のお盆に実家へ帰省したYさんは、家族と夕食をとったあと、部屋で一人昔の写真アルバムを眺めていたそうです。
そのとき、カタカタ、という微かな物音が聞こえたらしいのですが、はじめは壁のきしむ音だろうと思って気に留めませんでした。しかしどんどん音は大きくなり、部屋を見回すうちに、どうやら押入れから漏れているらしいことが判りました。
押入れの中で、何かが動いているのです。カタカタ、という音は、ふすまが振動で揺れていたわけです。
ネズミでも入り込んだのだろうかと不安になったYさんは、中を確かめるべく手元にあった携帯電話のライトを点けました。
しかしふすまに手をかけた途端、ぴたりと物音が止みました。もしいるのがネズミなら、こちらの存在に警戒しているのかもしれないと考え、一気に開けると逃げられる恐れもあるため、慎重にふすまを開けることにしたのです。
数センチの隙間から、まずは中をのぞこうとしましたが、やはり暗くてよく見えません。Yさんが携帯電話の明かりを照らそうとしたとき、突然目の前の暗闇を、口を大きく開けて白目を剥いた顔がにゅっと横切ったそうです。
Yさんは驚きのあまり後ろに仰け反り、それから慌ててふすまを全開にして中を確認したのですが、人はおろか、ネズミ一匹いませんでした。
家族の人に今見たものを伝えると、お盆だから幽霊でも現れたんじゃないかと気味悪がれ、
翌日久しぶりに会った地元の友人たちに同じ話をしても、霊が化けて出てきたんだろうと口々に言われたそうです。
最初はYさんもそう思いました。
ですが、どうも心に引っかかるものがYさんにはありました。あの不気味な顔に、ある違和感を覚えたのです。
あれは本当に幽霊だったのだろうか。
そんな奇妙な疑問が浮かんでは、なかなか頭から離れませんでした。
再び部屋に戻り、なんとはなしに写真アルバムをめくっていると、小学生の頃の自分が目に留まりました。その瞬間、ある遠い昔の記憶を思い出したそうです。
それは小学五年生くらいのときに、Yさんが自分の家で友達とかくれんぼをした記憶でした。そのときYさんが隠れる場所に選んだのが、あの押入れだったそうです。
子供の頃のYさんが押入れで息を潜めていると、部屋に誰かがいる気配がしました。友達のU君だと思い、そのままやり過ごそうとしたらしいのですが、視界が暗いため、肩や足のつま先が壁などに当たってしまい、余計な音を出してしまったそうです。すると、ふすま一枚隔てた向こうから、ゆっくりと押入れに近づいてくる足音がしました。
ああバレてしまう、とYさんは半ば諦めたのですが、ふと、どうせ見つかるのだったら驚かしてやろうと悪戯心に火がつきました。
相手がふすまを数センチ開けたときを見計らい、口を大きく開け、白目を剥いた表情を作り、隙間から一瞬だけ顔を見せてすぐに引っ込めました。
当然U君はびっくりしただろうと、すぐさま押入れから出て反応を確かめようとしましたが、部屋には誰もいませんでした。後でU君に聞いてみても、あの部屋には行っていないと言われたそうです。
「俺が実家で見た顔は、あのときの俺なんだよ」
Yさんは苦笑いに似た、何とも言えない表情で私にそう話しました。Yさんの部屋の時間が歪んで、ほんの十数秒だけ過去と未来が繋がったとでも言うのでしょうか。だとすると、子供の頃のYさんが押入れで感じた人の気配は友達のU君ではなく、まさしくお盆に帰省していた未来の自分自身だったことになります。
「押入れに隠れていたときは、ふすまから相手の顔は見れなかったんだ。怖がらせるために白目を剥いていたからな。でも逆にそれが良かったのかもな」
だってよ、とYさんは真顔になって続けます。
「ゾッとするのは、もし目が合っていたら、ということなんだよ。本来出会っちゃいけない俺たちが互いの顔を見てしまったら、どうなっていたんだろうって考えると・・・」
そう語るYさんの表情は、病人のように真っ青でした。
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