
長編
消えた先行者
しもやん 3日前
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一つない快晴のなか、雪を踏みしめる感触が心地よい。
額に汗しながらトレースを刻みつけていると、不意に小ピークへ詰め上げた。小ピークには派生した支尾根が合流してくるのだが、驚くべきことに支尾根を辿ってきたと思われるトレースがついていた。すでに先行者がいたのである。
慌てて地形図を確認する。支尾根は春日村川合の県道に沿って流れる長谷川へ出合う、無名の支流付近に没しているようだ。先行者は水没=心停止誘発という非常に困難な真冬の沢を登り、(等高線の詰まり具合からいって)崖に近い取りつきから登ってきたことになる。こんなアプローチはバリエーションの範疇すら超えている。
さらに少し登って800メートル付近の小ピークでも異様な光景が目に飛び込んできた。先ほどとは別のトレースが支尾根から這い上ってきていたのである。それも1本や2本ではなく、無数のトレースが何本も処女雪を抉っていた。スノーシューやワカンを携帯していなかったのか、足跡はすべてツボ足であった。この深さである、雪上歩行器具なしとなると、腰まで潜りながらの泳ぐようなラッセルになったはずだ。
どこかの山岳会が支尾根をそれぞれ選び、単独でアタックをかけているのだろうか? それは考えにくい。山岳会はパーティ行動を原則とし、リスク管理を徹底しているはずだからだ。あるいはたまたま無関係の個人がこの日一堂に会し、バラバラに支尾根を攻略しているのだろうか?
わたしは冬季に春日村から北尾根へ何度も登っているが、いままで猫の子一匹見た記憶がない。この日に限ってなぜ登山者が殺到しているのだろうか? しかも全員図ったように、セオリーでない沢経由の支尾根をツボ足で登っている。
自然と足が止まっていた。眼前の状況に空恐ろしいものを感じる。彼らの行動はあまりにもセオリーから外れすぎている。北尾根の稜線でわたしが登ってくるのを待ち構える登山者たち、といった陳腐な妄想が脳裏をよぎった。
逡巡した挙句、登攀を再開した。伊吹山北尾根のバリエーションを研究し始めて2年弱。道のないルートを藪を漕ぎながら、雪を踏みしめながら開拓してきた。裏伊吹はいわば、わたしにとって聖域に近い。自分だけのフィールドにずかずかと踏み込んできたのがどんな連中なのか、確かめなければならない。
標高1,000メートル付近に達すると、スノーシューをもってしても膝下程度まで潜り始めた。一歩ごとの労力は無雪期の数倍は
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