
南米の小さな村に住んでいたときの話だ。
ある日、近所の40代の主婦と仲良くなった。彼女は温かく、手作りの草木染めの布をよく見せてくれた。彼女は「家計を助けたくて、何か仕事を探しているの」と言っていた。
彼女は運転免許を持っていなかったため、選択肢は限られていた。そこで、村を散策していると「教師募集」の掲示を見つけた。子どもたちに人気のある小学校の求人で、彼女はその仕事にぴったりだと思い、すぐに連絡した。
話はすぐに進み、彼女は国語を教えることになった。「この学校は歩いて行けるし、校長も優しい方なの。教えてくれてありがとう」と彼女は感謝してくれた。私も彼女のために役立つことができ、嬉しかった。
日が経つにつれ、彼女の教室には多くの生徒が集まるようになった。この村では家族が多く、1家族に4人以上の子どもがいるのが普通だった。
評判が広がると、近隣の家庭から「うちの子もお願いします」と次々に申し込みがあった。彼女は誠実に教え、優れた教え方で人気を博していた。しかし、小学校は一般住宅の一室で、広さには限界があった。そこで校長は「これ以上の生徒は受け入れられない」と断っていた。
すると、近所の別の人が自分の家で塾を始め、断られた子どもたちを受け入れ始めた。すぐにその塾も満杯になり、また別の塾がオープンするという状況になった。結果、村には3つの塾ができ、次第にお互いをライバル視するようになった。
「なんだか雰囲気が悪くて働きにくいわ。校長も他の塾を気にしているみたい」と彼女から愚痴を聞くことが増え、私は心配していた。
数ヶ月後、ライバル塾が次々と閉業してしまった。聞くところによると、ある校長は急な心臓発作、別の校長は脳出血で亡くなったという。こんな短期間で人が次々と倒れるとは思えず、不思議に感じたが、発展途上国の医療事情を考えると、そういうこともあるのかもしれないと深く考えなかった。
その地域の塾は1つだけになり、行き場を失った子どもたちが再び彼女の教室に戻ってきた。日々の忙しさが戻り、彼女もまた充実した日々を送ることになった。しかし、ある日、彼女が重い表情で私の家を訪れた。
「実は、塾を辞めようと思うの」と彼女が言った。忙しさに疲れたのかと思ったが、そうではなさそうだった。彼女はしばらく黙っていたが、意を決して話し始めた。「最近、校長から聞いたの。実は、ライバル塾の校長を手にかけるように依頼したのは校長なの」と。
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