
三列目の床だけが、ほんの少しだけ白く削れております。
黒板の真正面。窓側から三番目の列。その四つの席に座った生徒が、同じことを申します。「見られている」と。
後ろではないそうです。横でもないそうです。視線は前から来るのに、前には何もないと。そう申し上げますと、だいたい笑われます。気にしすぎだの、思春期特有の被害妄想だのと。
ところが三学期の席替えのあと、その三列目の四人のうち三人が、同時に休みました。理由はそれぞれ別々でございます。風邪、腹痛、家庭の事情。しかし数日後、何事もなかったように戻って参りました。
ただ、姿勢が違っておりました。
背筋が、異様に、まっすぐなのでございます。
背が伸びたのではないかと囁かれましたが、誰も本気では取り合いません。けれど、わたくしは気づいておりました。あれは伸びたのではなく、揃えられたのです。
放課後、三列目の床に触れてみました。冷たいのでございます。他の床板よりも、ずっと。軽く叩きますと、コン、と乾いた音がいたしました。空洞の音でございます。下が抜けているような、吸い込まれるような響きで。
その夜、夢を見ました。
黒板の前に、男子生徒がずらりと並んで立っております。古い制服、金色のボタン。顔は見えません。ただ背筋だけが、異様なほどまっすぐでございます。下から、何かに引き延ばされているように。
ぴん、と。
翌日、立入禁止の旧校舎へ参りました。三年三組の教室。黒板の前の床板に、小さな文字がびっしり刻まれております。名前でございます。すべて男子の名前。
この学校は、昔は男子校だったと、社会科の先生が仰っておりました。女子は別棟だったと。
今は共学でございます。三列目に意味などございません。ございませんはずです。
けれど、気づいてしまいました。
あの位置は、発表のための場所ではないのです。
“立たせる”ための場所でございます。
わたくし、自分から三列目に座りました。確かめたかったのでございます。どうせわたくしなど、と思っておりましたし。
授業中、急に背中が熱くなりました。先生のお声が遠のき、黒板がわずかに歪みました。足の裏が、じわりと押し上げられます。名を呼ばれておりませんのに、身体が立ち上がってしまいました。
皆の視線は軽うございます。
重いのは、足元でございます。
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