
ある冬の夜、友人の大学生である高橋に誘われ、山の中のダムへ夜釣りに出かけることになった。場所は静岡県の奥地にある小さなダム。見た目は湖に近いが、実際にはダムなので水面は不気味なほど静まり返っていた。
午後11時に高橋の車で出発。山道を進むと、周囲は真っ暗で、まるで誰もいない世界に迷い込んだかのような恐怖を感じ始めた。霧が立ち込め、前方の視界を妨げている。おまけに風が強く、車の窓を叩く音が心を不安にさせる。
「大丈夫だ、幽霊なんていないから。」と高橋は笑い飛ばすが、俺は彼の自信が逆に不安を呼び起こしていた。高橋は体育会系で、俺とは真逆の性格だったからだ。
駐車場には誰もいない。釣り道具を降ろし、高橋の明るい懐中電灯を頼りにダムの岸へと向かう。懐中電灯は非常に明るく、彼が自慢する通り、夜道を照らすにはうってつけだった。
岸に着くと、高橋は早速ランタンを点け、準備を始める。俺も焦らずに自分の道具を取り出した。夜空は雲に覆われ、月明かりはまったくない。湖の音だけが耳に入る。
釣りを始めて約1時間。用を足したくなり、ふと立ち上がったその時、《…ガガ…ガガガ…》と不気味な音が耳に入った。続いて、アナウンス音がダム全体に響き渡る。
《こちらは防災無線です。行方不明者のお知らせです…》
高橋も俺も驚き、顔を見合わせた。「え、何だこれ?」と戸惑っていた。
《午前0時頃、男性二人が行方不明になりました。特徴は…身長180cm前後、短髪で、服装は紺色の上着を着て黒の靴を履いています…もう一人の特徴は…》
その放送内容は、高橋と俺の特徴そのものだった。背中に冷たいものが走り、恐怖が全身を襲った。二人で目を合わせ、何が起こっているのか理解できない。
《繰り返します…行方不明者について…》
高橋が言った。「これは誰かが仕掛けた悪戯だろ。見ている奴がいるんだ。」と懐中電灯を周囲に向けるが、誰もいない。
《行方不明者は無事、死亡が確認されました…》
自分たちの名前が流れ、混乱は頂点に達した。「俺たちは死んでいるのか?」と考える暇もなく、釣り道具を片付け、急いでその場を離れた。
防災無線から《ポクポクポク…》と木魚の音が流れ、お経まで聞こえてくる。まるで現実とは思えない状況に、思考が追いつかない。
やっと駐車場に戻ると、トランクに荷物を放り込み、急いで車のドアを開けた。そして再び防災無線が流れる。《またのご来場をお待ちしております…》
高橋は言葉もなく車を発進させた。
後日談:
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