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長編

あの時見た背中を忘れない

2020年9月7日
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怖くない 174
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まだ結婚もしないで、特段辛くない会社に通い、実家暮らしの悠々自適な独身社会人の頃の話。 あれは八月。盆が終わる前日か前々日だったか。 コミックマーケットに一般参加をし、沢山の同人誌を買いあさり、エアコンの効いた部屋で明け方まで読みふけり、そのまま寝落ちした。 そんな私の深い眠りを妨げるように、激しいデスメタルな着メロ音が鳴り響く。 目が覚めると蒸し暑く、エアコンは切られていた。寝てる間に親が切ったのだろう。 汗だくの不快度指数MAX、尚且つ好きだからと言って設定した音楽が今の気分にミスマッチして、多少イラつきながらケータイを取ると、小学校に入る前から親しくしていた幼馴染みからだった。 出不精で人付き合いが宜しくない私が、年に数回会って近況を話す、私にしては親しい間柄の子だったので、やれマルチ、やれ宗教という心配は無い子だ。 私が不機嫌だったので少し怯え気味だったが、寝起きの悪さを謝罪していつものノリで友人に用件を問うと、彼女は安心して軽い雑談の後、近所のカフェに来れないかと聞いてきた。 歩いて数分の所にあるカフェなので、特に用事もなかったし寝覚めのアイスコーヒーは美味い方がいいと考えた私は、彼女の案に即座に快諾し、シャワーを浴び適当な服に着替えてカフェに行った。 盆は近所が帰省組が多いためにカフェは閑散としており、幼馴染をすぐに見つけた。 これからこの幼馴染はAとする。 それから他愛無い話をニ、三していたのだけど、 夏恒例怪談ネタを垂れ流すテレビの話をしだした時、急にAが持っていた鞄に手を突っ込んで、一冊のパンフレットらしいものを机に置き、指でついっと私に向けて滑らせてきた。 何?と、首を傾げると、占い師のパンフレットのようだった。 「先生は凄い方なの。是非あなたに会いたいって」 唐突過ぎて言葉を失った私を置き去りに、Aはいつものおっとり口調から早口で捲し立てるように語りだす。 何を言ってるかいまいちわからないので細かく書けないのだけど、覚えてる限りだと 「私に霊感があり、それを先生にお話しして、彼女が遠距離の透視で私の力を見て驚嘆した。弟子にしたい」 という類だ。 あー、乙乙。カルト乙ーって、Aじゃなくてこれが赤の他人だったら小馬鹿にしながら席を立ってたよ。ただ仲良しのAの口から滑り出したから、私も一瞬言葉を失ってしまったのですわ。 ま、かといって、はいそうですか了解!なんて言うわけない。 一切興味がない、とやや冷たく言ってからパンフを突っ返し、急ぎアイスコーヒーを一気に飲んで会計の紙をひっつかんでAに間髪入れさせぬよう彼女の分も支払って、恩着せ封じをしっかり行ってから逃げるように実家に帰ったよ。 朝からケチがついたと思いながら、精進落としみたいな気持ちで、市販品のボトルコーヒーにロックアイス入れて、北○の拳を読みながら気分転換してた。 洗濯取り込み中の母が、私の分も入れときなさいよ!って言ったきたんで、不貞腐れ気味でも親の言葉には従順な私、鉄仮面の男辺りで本を閉じ、母の分のアイスコーヒーを作ろうとキッチンに入ったところで玄関のチャイムが鳴った。 母は当然出れないので、ちょーっと嫌な予感しつつもインターホンに出たら、Aとその後ろになんかいた。 母より歳上、アラフィフ?還暦? 白髪に紫の染め物して、白のワンピースに白の日傘をさした、上品そうだけど笑顔が不気味に感じる人がいる。 会うだけでもお願い!ってAが半泣きなので、私は携帯をケツポケットに入れつつ、玄関脇に中学時代に修学旅行で買った木刀を置いてから、扉を開け放しにして、門扉前の二人の前に立った。 「あなたは私の後を継ぐのに相応しいと思いました。Aと知り合いだったのも巡り合わせです」 とか、もっと長口上だったがそんなようなことを言ってきた。 「や、興味ないんで」 はっきりこう言ったのは覚えてる。実際興味なかったし。 「あなたは世界を救いたくはないのですか!Aは理解できているのに、あなたほどの力を有した人間が…」云々。 なんかこういう持ち上げ系お説教ってカルトやん、とか思っていたらいきなり両足が動かなくなった。 なんだ?と思ったら声も出せない。 口と喉が張り付いてるみたいに渇いてる。 以後、Aが連れてきた占い師だかのおばちゃんはBとする。 Bは笑ってるけど、目が笑ってなかった。 だから異様に怖かったんだと今気づいた。 Aはなんかケータイ出して、準備がどうとか言い始めて確実に拉致られる雰囲気バリバリですよ。 もう何がなんだかわからずパニック発作みたいな症状が出始めた時、私の腕を後ろから誰かが強い力で引っ張った。 そうしたら両足が動いて、よろめきつつも玄関の掃き出し前に後退できた。 かわりに前に出たのは母で、あきれ返った顔をしてAとBを交互に見てから、Bに向かって 「どっか行け」 と、静かに告げた。この辺りで私の意識は暗転する。 目を覚ますと私はベッドの上で寝ていた。 部屋はエアコンが掛かっていて、枕の下にはアイスノンが敷いてあった。で、傍には母親。 渡されたのはペットボトルのスポーツ飲料水で、呆れた顔のまま母親は言う。 「あんたなんでこんな真っ昼間にエアコン切って寝てんの。死ぬわよ」 母の言葉に部屋の時計を見ると、昼を少し回った所で、Aと会って帰ってBが家に来た時間より2.3時間も前だった。 私は今日、ケータイに起こされることなく寝落ちしたままだったのだ。 しかしエアコンはかけっぱなしの寝落ちだったから、母親が朝に消したのではと聞いた。 「朝から忙しくてあんたの部屋なんか入ってないわよ」 しどろもどろに夢にしてはリアルだった体験を話す私に対し、母親は何かを感じとるように軽く首を縦に振った。 「起きれたら居間に来なさい。ご飯作るから」 私は起き抜けはふらついたものの、スポーツ飲料水とエアコンとアイスノンのおかげですぐに起きれた。 一階に降りると居間に梅干しおにぎりと厚焼き卵が用意されてあったのでありがたくいただいた。 食事中、なんだか抹香臭いなと仏壇を見たら線香が炊いてあって、そういや母はと思ったとき玄関が閉まる音と共に母が帰ってきた。 「なんつうか、あんたの話を聞いたらやっとかないとなあって。薄気味悪いし」 その後包丁を玄関に向けて空を切る動作をし、私の前に戻ってくる。 「なんか変なの拾いやすい体質だから、気にすんなとか相手にするなって育てたのが裏目に出たわね」 母は申し訳なさそうに私に言った。 「Aちゃん、いい子だけど危ういとこあるからね。そのサインも兼ねてるかな」 いつもは鉄の女で不良の中に入っていって説教して解散させるような母だけど、時々こうやって何か遠くを見るような表情で、お告げのような予言のような言葉を吐く時がたまにある。 「遺伝だからどうにもならないけど、とにかくそう言う類の気持ち悪いのがきたら、馬鹿にする前に気をしっかり持ちなさい。なんでも隙を見せて気負った方が負けるから」 はい、としか言えなかった。 最初の方に書かなかったけど、母の母方、いわゆる祖母の家は昔から勘が強くて所謂霊媒体質の女の子が代々生まれるんだそうだ。 そして、祖母から母に受け継がれ、私がそれを継いでしまったらしい。 だからといって霊媒師やら退魔師みたいなカッコいいのではなく、ただ感度が強くて見えやすく感じやすい、霊障にやられやすい地味なウィークポイントだと母は語っていた。 そんな訳で私も小さい頃から霊体験は山盛りしているのだけど、母方の独特の自衛が 【気にするな、相手にするな、見ないフリをしろ、霊体験や饒舌な能力者は信じるな】 だった。  あと、これは今話した出来事ののち、夢は意識が曖昧だから干渉されやすいと教わった。  暑くなるとあの不気味でリアルな夢を思い出す。そして気負ったら負けるという母の言葉も思い出す。 そしてAとは些細な理由で断絶してしまったが、伝え聞いた話だと、彼女は子供の病気がきっかけで、過激な政治思想に染まってしまったそうだ。 ……正直なところ、いい年齢なのに妙な体験をするのはキツいんで勘弁して欲しいんだが、母も祖母もこういうヘンな特性と闘っていたんだなと思うし、そうやって産まれた子を守ったりしてたんだなと考える所存です。 でもお母さん、一つだけ間違いがありました。遺伝の性別関係ないみたいです。息子に遺伝してしまいました。 でもやれるだけやってみます。意思を伝えます。 こを守ることは自分の命が削るって言われたけど、だからみんな短命で無理をするなと言われたけど。 やっぱりあなたの子供なので。同じ事になっても仕方ないなと、あの諦め笑いを作って頑張ります。

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