
長編
櫛分け女
砂凜 2015年3月31日
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私には姉がいた。
でも姉と言っても双子の姉だからそんなに変わらないんだけど、ちっちゃい頃から周りに「お姉ちゃんなんだから」と言われていたせいか、何かと姉が前に出ていた。
私はそんな姉の後ろにいつも隠れていたんだけど、親戚のおばちゃんが死んじゃってお葬式に行くことになった。
おばちゃんは私たちに会うと、
「綺麗な髪の毛だね〜。おばちゃんの小さい頃はこんな綺麗な髪してる人なんていなかったんだよ〜」
って言って、いつも髪を梳かしてくれた。
私たちも髪を褒めてくれる人なんて周りにいなかったから、おばちゃんに褒められるとうれしくなって、
「おばちゃんの家には今度いつ行くの? お泊りしてもいい?」
って母を困らせていた。
そんなおばちゃんが急に亡くなった。
小さい私達には、なんで死んだのかは教えてもらえなかっつた。
数日後、私達は亡くなったおばちゃんの遺品整理のために家に泊まっていた。
おじちゃんは私達が生まれる前に亡くなっていたから写真でしか見たことないんだけど、おじちゃんの遺品も残ってて、両方の遺品整理みたいになったんだけど、その時におばちゃんが私達の髪を梳かしてくれてた時の櫛が出てきた。
母は「おばちゃんの大事にしてた櫛は箱に一緒にいれましょうね」って言ってたんだけど、私達はその意味がわからなくて、姉はポケットに見つからないように隠して入れた。
その後は、おばちゃんの火葬も終わって、私はもうおばちゃんに髪を梳かしてもらうこともないんだなーって思ってた。
姉とお風呂に入るのはいつもの日課みたいだったんだけど、ある日お風呂上がりに、
「髪を梳いであげるからこっちおいで」
って言って、おばちゃんが使っていた櫛で髪を梳かしてくれた。
その櫛は今の櫛とは違って横に長くて、一度で多くの髪を梳かせるくらいの櫛だった。
その時は私も懐かしくて姉に髪を梳かしてもらってたんだけど、ある時に姉と喧嘩してしまって、姉に、
「櫛ちょうだいよ! お姉ちゃんばっかりズルいよ!」
って言ってしまった。
姉も「じゃあ半分個しようよ!」
姉の優しさだったのかもしれない。
長い櫛を真ん中で二つに折った。
半分は姉に。もう半分は私に。
櫛の真ん中にあった花の模様は、綺麗に半分に割れた。
この日から不思議なことが起き始めた。
姉は小学生なのに髪の毛がよく抜けると母に相談していた。
私もどんなに髪を洗っても、櫛が綺麗に通ることは無かった。
母は「小さい女の子はよくあることだから気にしちゃだめだよ」って教えてくれた。
でも私達は、おばちゃんから褒められた髪が無くなったり痛むのを気にして、毎日シャンプーには時間をかけていた。
そんな生活が数ヶ月続いた。
ある日、姉が櫛を無くしたと言い出した。
おばちゃんの形見でとても大切にしていたので、姉は泣きながら探したが見つけることは出来なかった。
おばちゃんの一周忌で家に泊まるとことになった。
その夜、おばちゃんが寝室で使っていた部屋に久しぶりに寝ることになった。
懐かしいと思いながらも、私達は寝付くことができなかった。
私は姉に「今日はなんか寝れないね」と話して、
「私もー」
と姉も寝れなかった。
周りが寝静まった頃、不思議な音がした。
私達はまだ寝れずに起きていて、その音が気になった。
私も姉も布団から上半身だけ起こして首を傾げた。
姉は「なんだろう…トイレの方だね…」
私達の寝ている部屋の隣はトイレだった。
私達は音が気になったトイレの方に向かった。
トイレのドアを開けると、そこには鏡と水道があり、その横に昔ながらのぼっとん式のトイレがあった。
でも音は水道の方から聞こえる。
姉は電気を付けると、水道の排水溝の入り口に大量の髪の毛が水を遮っていた。
私はもう怖くて部屋に帰ろうと姉に言ったが、姉は何か気になったようで排水溝を覗き込んでいた。
「この髪の毛、白髪だよね?」
姉は私に「見て」という顔でこちらを見ていた。
私はそんなの見たくないと断ったけど、姉が無理に見せて来た。
半泣き状態で排水溝を見ると、確かに白髪が大量に詰まっていた。
しかも長い。
私は真っ先におばちゃんを思い出した。
おばちゃんは白髪なのに、肩までかかるくらいの長さだったから印象に残っていた。
「帰ろうよ! 部屋に帰ろうよ!」
姉に言ったら、姉もさすがに怖くなったのか部屋に戻った。
戻ったあともその音は続いた。
私達はあんな気持ち悪いものを見て、さらに寝れなくなっていた。
ふと音が止まった。
姉と私は暗い中で顔を見合わせた。
トイレのドアが閉まる音がした。
私は怖くて姉の布団に隠れた。
泊まっているのは私達の家族だけ。
そして部屋の前を通れば足音でわかる。
足音はしていない。
そして排水溝の髪の毛を思い出した。
トイレの前は私達の寝ている部屋だ。
二人で同じ布団に隠れていると、襖の前で音がした。
私は姉に抱きついて、姉も私を抱きかかえていた。
そこから何も音がしなくなった。
すると襖がカタカタと小さく揺れる音がする。
そこにいるのがわかった。
姿が見えたわけでは無いが、異常な気配が襖の向こうにいる。
なぜ私達がこんな目に合わなければならないんだろう…
私達を怖がらせているのはなんなのかはわからない。
少しすると音が止んだ。
私達は震えていた。
確かめる勇気すら、布団から出ようとする行動力すら無かった。
するとトイレとは逆側の襖があく音がした。
逆側には父と母が寝ている部屋がある。
そこから誰か出てきて歩く音がする。
私達は助かったと思って布団から飛び出て襖を開けた。
助かって無かった。
赤黒い目をした人影がふすまの前にいた。
そして赤黒い目が私達を見下していた。
「お姉ちゃん!」
私が声を出すと黒い人影が笑った。
笑ったように思えただけかもしれない。
お姉ちゃんは私の腕をつかんで部屋に引っ張り、襖を閉めようとした。
しかし完全には閉まらない。
襖と木の柱の間に何かが挟まっていた。
「ぎぁぁぁ!」
私達の悲鳴が古い和室に響き渡った。
黒い影は襖の隙間の下の方から、赤黒い目だけがこちら見つめていた。
姉は悲鳴を上げながら部屋の隅に座り込んだ。
私はそこから動けなかった。
赤黒い目の影は、ゆっくりと襖を開けて近づいてきた。
私は謝った。
なぜかわからないが謝るしか無いと思った。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
赤黒い目の影は、私の顔の前まで近づいていた。
私はもう何も出来なかった。
悲鳴を上げることも、謝ることも…。
姉も耳を塞ぎ震えていた。
突然、襖が大きな音を出してあいた。
「大丈夫か!?」
襖を開けたのは父だった。
姉と私は父の元に駆け寄った。
もう部屋の中にあの影はいなかった。
父は「大丈夫か? 何があった?」
私達は今まで起こったことを話した。
父は頭を撫でながら、
今夜は父と母の部屋で寝ることにした。
もうその夜は何も起きなかった。
でも寝ることは出来なかった。
父も突然目が覚めて、隣の部屋で寝ている私達が気になったらしい。
次の日の朝、近所に住む人が私達を家に呼んだ。
その人が話してくれたのは、去年無くなったおばちゃんの話だった。
その人曰く、おばちゃんが小さい頃は貧乏で、お化粧や髪の手入れとかできる余裕が無くて、いつも肌はガサガサで髪も痛んでいて、女として恥ずかしい生活だったらしい。
それで今の若い人達を見ると、憧れと妬みの目で見てたらしい。
その話をしてくれた人もおばちゃんと一緒の生活だったから、辛さはよく解るって言っていた。
でもおばちゃんが20歳になると、お見合いの話があっておじちゃんと結婚したんだって。
その時はおじちゃんもお金が無くて、小綺麗な櫛を結婚の贈り物としてプレゼントしたらしい。
その話を聞いて、私達はいけないことしてしてしまったんだと理解した。
その櫛は、おばちゃんが死んだ時に一緒に棺桶に入れて欲しいと遺書に書くくらい思い入れがあるものだったらしい。
昨日見た赤黒い目の人影は、櫛をあの世に持って行けなかったおばちゃんが出てきたのかもしれないと、私達は思った。
後日、櫛を私達が持っていると父と母に話したら、すごい怒られた。
そしてその櫛はおばちゃんのお墓にお供えして供養することになり、家族でお墓に向かった。
おばちゃんのお墓には綺麗なお花が飾ってあり、その横に櫛を置いてお線香を焚いた。
父は「さぁおばちゃんにごめんなさいして」と言い、私達は
「おばちゃんの大切な櫛を勝手に持って行ってごめんなさい」
と謝った。
母も「おばちゃんも大事にしていた櫛が戻ってきて喜んでるよ」と、私達の手を引きながら笑っていた。
姉と私はもう怖い思いをしなくて済むんだろうと思って、笑いながらその場をあとにした。
それ以降は赤黒い目の影は出てこなかった。
しかし姉の抜け毛は、今になっても悩まされているらしい。
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