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長編

僕とSさん

匿名 2025年7月7日
怖い 22
怖くない 13
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怖いというか、不思議な話です。はっきりとしたオチもないですが、それでも、自分にとっては忘れられない話を一つ。 もう20年くらい前の話です。当時僕は大学三年生でした。母子家庭で実家通いだったのですが母親とはそりが合わず、ほとんど会話しない状態。さらに、当時大学一年生だった妹が毎日のように彼氏を家に連れてきていて、僕にとって家は居心地のよい場所ではなく、よく友人宅やネットカフェ、漫画喫茶などに泊まっていました。 その日も、漫画喫茶に泊まることにしました。アルバイトが終わって21時ごろ店に到着。受付がかなり混雑していたので、エントランスのソファに腰かけてしばらく待っていると、突然、隣に腰を下ろしたおじさんに声をかけられました。 「こんにちは。よくここ来てるよね。あー、お金結構かかるでしょ。値上げするらしいしね、この店。近々。僕もよく来てるんだ。困るよね。ところでさ、いいバイトがあるんだけど、興味ない?手っ取り早く稼げるんだよ」 見た目は40歳くらいで、半年は切っていないだろう蓬髪からは切れ長の一重がかろうじて見えていました。ヨレヨレのシャツ、猫背も相まって、まるで不審者でした。 怪しい勧誘を受けることは時代も時代、ちょくちょくあったので、例によって無視してソファをから離れようとしました。すると、おじさんは僕の腕をキュッと掴み、 「待って! まだ受け付け混んでるしさ、話だけでもきいてよ」 と言ってソファへ引き戻し、一方的に自身の身の上話から滔々と語り始めました。 おじさんはSという名前でした。聞いたことのない珍しい名前でした。 以下、おじさんをSさんとします。 Sさんは都内の大学を卒業後、大手メーカーに就職し、順調にキャリアを歩んでいたが、ある時、難病を患っていることが発覚。病気は寛解するも、大手メーカーを退職。その後は職を転々とした末、現在の運送アルバイトをかれこれ10年続けているとのことでした。 「今のバイトはね、力仕事だけどそれなりに金が出るんだ。おっさんの一人暮らしには十分すぎるくらいね。運転免許は…持ってるよね? 実は今人手が足りてないんだよ。ここであったのも何かの縁だからさ、一緒にやってみないか?」 Sさんが一通り語り終えると、受付は空いていました。僕はいいタイミングだと思い、勧誘を丁重に断ってから今度こそ立ち上がると、 「わかった! 今は興味なくても、後々やりたくなるかもしれないから! ほら、これ!」 そう言ってSさんは僕の手にA4の紙を一枚ねじ込みました。 もうそのころには紙を突き返すのも面倒になり、ポケットに入れて、そそくさと受付を済ませました。 部屋に入り、しばらく某バスケットボール漫画を読んでいましたが、気になりはしていたので、もらったA4紙を開いてみました。それはSさんのいう運送アルバイトの求人広告だったわけですが、違和感だらけでした。 会社名や代表者名などはなにもなく、「普通免許保持者」、「主に夜間の運送です」、「給与は日払い制で、時給〇〇~〇〇円です」、「詳細は、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇まで」の四文だけ。Wordかなにかで作ったような雑な書面でした。 何より特筆すべき違和感はその給料。法外な金額でした。 「闇バイト」そのもので思わず吹き出してしまいました。(当時はそんな言葉知りませんでしたが) しかし、当時の僕はとにかくお金を欲していました。ネットカフェ代は馬鹿にならないし、母子家庭故、多額の奨学金も借りていました。今思えば阿呆極まりないですが、当時は深く考えることなく、大金にまんまと魅せられたわけです。 逡巡しましたが、次の日の夜、記載されていた電話番号にかけてみると、予想通りSさんが出ました。 Sさんに昨日漫画喫茶で会った男だと伝えると、途端に声色が明るくなり、やっぱり見込んだ通りだよ、などと言っていました。 Sさんは本部に確認すると言い、30分後くらいにもう一度かけてきてほしいと言われました。言うとおりにするとまたすぐSさんが出て、 「早速だけど明日の夜、来られる? 22時に〇〇公園の第二駐車場。車で来てもいいけど、運送用の車はこっちが用意するから」 と言われ、僕は了承し、電話を切りました。 翌日の夜、自転車で〇〇公園へ行きました。〇〇公園は自宅から3キロほどのところにある比較的大きな公園で、広い駐車場を備えていました。 22時丁度、軽の白いワンボックスが二台、駐車場に入ってきて、僕が近づくと、そのうちの一台からSさんが降りてきました。 「僕くん! よかった来てくれて。さぁ、乗って」 『ぼくなつ』みたいで少し変なので、ここから僕をAとします。 僕は言われるがまま運転席に乗り込み、Sさんは助手席に乗り込みました。それから約2時間、もう一台のワンボックスについていきました。民家が少なくなり、木々が目立つようになったのは1時間半を過ぎたくらい。いくつかの急こう配を越えて、山の中腹にある夜景スポットとして有名な公園の駐車場に駐車しました。 Sさんに促され車を降りると、前を走っていたもう一台のワンボックスからも人が二人降りてきました。二人とも全身黒ずくめでマスクをつけていて、大柄で、胸板の厚い若者でした。 彼らは駐車したワンボックスの隣に元々停めてあった黒い大きなワンボックスのトランクをおもむろに開け、僕とSさんをにらみつけました。 Sさんは飛ぶようにトランクに駆け寄り、トランクの中から小さめの黒いリュックをいくつか引っ張り出し、僕たちの乗ってきた軽ワンボックスのトランクを開けて詰め始めました。 Sさんに視線で促され、僕もリュックをトランクから引っ張り出しました。 合計で6つ、すべて詰め終わると大柄の男たちはすぐ車に乗り込み、返っていきました。Sさんと僕は自分たちの車に乗り込み、Sさんの運転で国道に出ました。 1時間ほど車に揺られ、県境のサービスエリアに車を停めました。そこには、自分たちの乗ってきた軽の白いワンボックスと全く同じものが1台止まっており、降りてきた黒服の男(黒服の男とは別の人)に支持され、今度は自分たちの車のトランクからそれらのトランクにリュックを移し変えさせられました。 作業を終えたころには一時を回っていました。 Sさんは黒服の男と会話した後、封筒を2つ手に持って戻ってきました。 「はい、今日の分」 封筒の中には綺麗な万札が4枚入っていました。僕は興奮して、Sさんを見ると、すごいだろ、とでも言いたげな顔で目配せしてきました。 その後、僕とSさんは再びワンボックスに乗り込み、来た道を戻り家路につきました。 ちなみにリュックの中身は最後までわからず終いでした。勝手な憶測ですが、重さや大きさ的に、薬かなにかかなあと思っています。 翌々日の昼過ぎ、Sさんから電話があり、呼び出されました。Sさんには初仕事の帰り道で電話番号を教えてありました。 その日は21時に××公園で集合し、初日と同じような流れで県境(今度は初日とは反対側の県)のサービスエリアまで行きました。初日と同じ額をもらい、2時前に帰路に着きました。 それからは数日おきにSさんに呼び出されました。 仕事を重ねるごとに、次第に道中、Sさんと雑談をするようになりました。Sさんは〇天堂のゲームオタクで、自分もゲームが趣味だったので、話が弾みました。また、Sさんは見た目通りかなり捻くれた性格をしていたので、同じように基本的に鬱々としている自分ととてもウマがあい、政治的な話から猥談までなんでも話しました。そんなこんなでアルバイトを初めて1ヶ月たったころには一緒に酒を飲む仲にまでになりました。Sさんの家にあげてもらえるようになり、 「人と酒を飲むなんて何年ぶりだろうなぁ」 なんてSさんが言っていたのを覚えています。 物心ついた時から父親のいなかった僕は、父親がいたら、こんな感じだったのかなと、妙に感慨深くなることもありました。自分の中でSさんはいつしか、友達のような父親のような、特別な存在になっていました。 アルバイトを始めて半年が過ぎたとある日。 その日は、○〇山の中腹にある夜景スポットの駐車場が待ち合わせ場所でした。 いつものように五分前に着いて携帯を見ると、Sさんからメールが届いていました。 「体調がすぐれないから今日は休みます。すまない。」 半年間、Sさんが仕事を休んだことは一度もなかったので少々驚きましたが、体調不良なら致し方ないと切り替えました。 そして22時丁度、いつもの白いワンボックスが到着して、黒服の男が二人降りてきました。 男の一人が早くしろといわんばかりにトランクを開け、僕もいつものようにリュックを運ぼうとしました。 しかし、それはいつもと違いました。 トランクにあったのは黒い小さなリュックではなく、黒い巨大なボストンバッグでした。縦が160から170センチほどあり、押し込まれる形で積まれていました。 僕は思わず黒服の男を振り返ろうとしたところ、彼らはあろうことか僕の両隣にきて、ボストンバッグに手を添え、掛け声とともにボストンバッグを勢いよく持ち上げました。 「おい、ぼさっとするな。お前も持て」 ボストンバッグを移し替え、各々車に乗り込みました。 さらに、その日は黒服の男たちが運転する車についてこいとの命令を受けました。いつも男たちはそそくさと帰るのに、です。 運転中、すぐ後ろに積んであるボストンバッグに何が入っているかが僕の脳内のすべてを占めていました。重さと大きさから、そんなことはないと思いつつも、いやな考えを振り払えませんでした。 本当にその時は、心の底からおびえていました。 一時間ほど車を走らせると、民家はまばらになり、木々と田が増え始めました。どうやら××山に向かっているらしいことは分かりましたが、××山は人の手が行き届いていない荒地でいつものような駐車場もないはずでした。 さらに30分ほど車を走らせ、ついに街灯がなくなりました。勾配が急になり、外気温が下がったせいか、やけに窓が曇ってきました。降ってきた小雨を払おうとワイパーを一度動かしたその時。 「ドンッ!!」 くぐもった鈍い音が車内に響きました。明らかに、トランクからでした。 僕は意識が飛びそうになるほど驚き、跳ね上がりました。心臓が暴走し、壊れそうなほど早く脈打っていました。 かなりパニックでしたが、黒服の男たちに置いていかれるわけにはいかず、ひたすら無心でアクセルを踏み続けました。 「ドンッ! ドンドンッ!」 その間も、車体を蹴るような音が一定間隔で鳴り響いていました。 何度も意識が飛びそうになり、生きた心地がしないまま30分、黒服の男たちの車が停車し、追って僕も停車しました。 そこは、あたりを木々に囲まれた、古い小屋の前でした。 納屋のような小さな作りで二階建て。外壁は本物なのかただの塗装なのか分からなかったのですが、木目がみえました。 僕は車を降りると、すぐさま黒服の男たちに近づき、ボストンバッグから何度も音がしたことを伝えました。途端、黒服の男たちの顔が目に見えて硬直し、後ろを向いて2人でひそひそ話し合っていました。そして、 「A、それは忘れろ。」 と、とてつもなく間抜けなセリフを言い放ち、トランクを開けました。このとき、ボストンバッグは静かでした。黒服の男たちに命令され、僕は泣きそうになりながらボストンバッグを男たちと共に担ぎあげ、そのまま小屋の中に入りました。 小屋の中は真っ暗で、薄寒く、埃が待っていました。進んでいくと、小屋の右奥に、地下に続く階段あり、僕たちはそこを降りました。階段を降りると、そこには分厚そうな鉄扉が構えていました。黒服の男のひとりが鍵を取り出し、扉につけられていた3つの南京錠を開け、扉に体重をかけると、重々しい音と舞い散る埃とともに、ゆっくりと開きました。扉の奥は一畳ほどの狭い空間で、奥に、更に地下に降りる階段がありました。その階段を降りると、また先と同じような鉄扉がありました。黒服の男が三つの南京錠をあけ、扉を開くと、今度は猛烈な異臭が鼻を襲いました。 腐った生ゴミなんて非じゃない、嗅いだことのないような悪臭でした。僕はよろけそうになりながら、なんとか持ち堪え奥へ進みました。 奥に見えたのは、目を疑うような光景でした。 10畳ほどのスペースに、僕らが持ってきたような黒い大きなボストンバッグが、大量に、無造作に積まれていました。30個くらいはあったと思います。悪臭の源は、その大量のボストンバッグで間違いありませんでした。 僕が戦慄して立ち止まり、来てはいけない場所へ来てしまったと猛烈に後悔した瞬間でした。 「ゔぁぁぁぁぁゔぁぁっ!」 突然、僕らの持ってきたボストンバッグが唸り声と共に動き出しました。 「うわぁぁ!!!!」 僕は恐怖で完全に腰が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまいました。 「クソっ、やっぱり効いてなかったか!」 黒服の男たちも、明らかに動揺していました。 と、次の瞬間、黒服の男があろうことがボストンバッグを力の限り地面に叩きつけました。 「ぐしぁ」 鈍い音が響き、ボストンバッグはすぐ静かになったのですが、男たちは地面に落ちたボストンバッグを力の限り蹴りつけ、踏みつけていました。 すぐ目の前の出来事でした。もう僕は普通に泣いていました。 黒服の男たちは3分ほど蹴りつけ踏みつけ、やめました。 その時です。見えてしまいました。 蹴りつけたり踏みつけたりしたせいで、ボストンバッグのチャックが少し開いていたのです。 中が、見えてしまいました。 そこには、顔がありました。人の顔でした。その顔の、虚ろな切れ長の一重の瞳が、僕を見つめていました。 束の間、黒服の男たちによってボストンバッグは投げ飛ばされ、積み上げられていたボストンバッグの山の一部と化しました。 そして、僕は、恐怖で意識を失いました。 頬に激痛を感じ、目を覚ますと。××公園のベンチに座っており、黒服の男たちが目の前にいました。 「いくじのないやつだ」 「いいか。今日の事も、いつもと同じように口外禁止だ。ただ、今日は特に、だ。わかったな」 それだけ言って、帰っていってしまいました。 まだ夜は開けていませんでした。 放心状態でしたが、意識を失う前のことははっきり覚えていました。 正直、顔は陰ではっきり見えませんでしたが、あの切れ長の一重は間違いなく、Sさんでした。 Sさんが組織に殺された?なぜ?組織から逃げたから? 組織から逃げたら殺される? 今日の事は、人殺しに、間接的にだが関与していることになるのでは? そこまでいってしまったら、もう僕は普通には生きていけない。 それは、ごめんだ。 恐怖で震えが止まりませんでした。 僕は次の仕事を最後に、辞めることを決意しました。 次に呼ばれたのは4日後、黒服の男からの電話でした。 その日トランクに積まれていたのはいつもと同じ小さめのボストンバッグで、ひとまず安堵しました。 仕事を終えて、黒服の男たちが車に乗り込もうとしたところを引き留め、辞意を伝えました。 「…お前の穴を連れてこい」 「はい?」 「お前が辞めるならお前の代わりを連れてこいと言っている。それがこのルールだ」 そう言って黒服の男たちは帰って行きました。 その時は、とにかく早急にやめたかった。そこで、友人知人に片端から連絡をとったところ、大学の同じサークルに属する後輩のBが誘いに乗りました。 Bはとにかく金に困っていて、そのうえボンクラな男だったので、正直にいうと第一候補でした。 僕はすぐさまBと合流し、二、三度共に働いた後、アルバイトを辞めました。思いのほか、すぐに辞められました。その後はBや、僕とBの共通の知人らと、一切の連絡を絶ちました。また、〇〇公園にも××公園にも、もちろん××山にも一切近付きませんでした。 それからは真面目に生きることを決め、何とか四年で大学を卒業しました。 新卒で入った会社は数年で辞めてしまったのですが、タクシードライバーに転職して、現在も続けています。 そして、これはほんの数か月前のことです。 某所で1組の親子連れを乗せました。 子供は小学校低学年くらいの男の子でした。父親の方は、50代と言っていました。肥満体型でほおの肉が厚く、禿頭でした。 「お客さん、お仕事何されてます?」 僕が唐突に私的な話を始めたので、父親は面食らったような顔をしていましたが、答えてくれました。 「え?あぁ、事務仕事をやっています」 「ずっとですか?」 「え、いやぁ、5年ほど前からですね。」 「そうなんですね。僕もです。新卒で入った会社辞めて、転職したんです。」 「へぇ、そうなんですね。」 「……」 「……」 「どうしてタクシー運転手に転職したかというとですね、大学の頃に変なものを運送するアルバイトをしてたんです。そのとき、運転が好きだと気付いたんです。特に、人と話しながら運転するのが好きで。とある人にそのアルバイトに誘われたわけですが、そのおかげで、好きなことに気づいたということですね」 その父親と、バックミラー越しに、一瞬、目が合いました。切れ長の一重の瞳が大きく見開かれていたような気がしました。

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