
うちの高校は、山のふもとにある。
校舎の裏はすぐ雑木林で、窓の向こうは木の海みたいに暗い。
昔から「裏の窓は、夜に見ないほうがいい」と言われていた。
三年の秋、文化祭準備で帰りが遅くなった日。
俺は忘れ物を取りに、ひとりで校舎へ戻った。
職員室は消灯。廊下は非常灯だけ。
二階の教室の扉は、なぜか鍵が開いていた。
教室に入ると、カビと古い木の匂いがした。
机の上を探して、すぐUSBは見つかった。
帰ろうとして、ふと窓際を見る。
窓際の席に、誰かが座っていた。
肩までの黒い髪。白いブラウス。
制服じゃない。どこか古い。生地が重そうで、襟の形も今のと違う。
「……誰?」
返事はない。
ただ、指先で窓ガラスを――叩いている。
とん、とん、とん。
俺は息を飲んだ。
叩いている“音”が、窓の外から聞こえている。
懐中電灯を窓へ向けた。
ガラス越しに林が浮かび、枝と葉が重なっている。
その暗がりに、白い“顔”があった。
窓の外。枝の間に、女が立っている。
顔が、のっぺりとしていて――目がない。
口だけが動く。
「……あけて」
教室の中の女は、いまだに窓に向かったままだ。
でも肩が、ゆっくり震えはじめた。
とん、とん、とん。
外の女がガラスを叩くたび、
教室の女の頭が、少しずつ同じ角度に傾いていく。
まるで、外の女に“合わせている”みたいに。
俺は動けなかった。
足が床に縫い付けられたようだった。
外の女の口が、もう一度動く。
「……あけて」
教室の女が、初めて声を出した。
「……あけないで」
それは、今の女子高生の声じゃない。
古い録音みたいに擦れた声だった。
「……あけると、森が入る」
その言葉の意味がわからないまま、
俺は反射的に後ずさった。
そのとき、教室の黒板の端が目に入った。
消したはずのチョークの粉が、薄く残っている。
誰かが昔、ここに書いたまま消えきらなかった文字。
——森側の窓 開けるな
同時に、窓際の机の上に古いノートが置いてあるのに気づいた。
表紙に年号。今の学校のロゴじゃない。
ページの端が湿って波打っている。
俺はノートを開いた。
そこには、震える字で、同じ言葉が繰り返し書かれていた。
「森の校舎の女を中に入れるな」
「見たら、目を合わせるな」
「呼ばれても、窓を見ない」
読み終わる前に、背後で――
きぃ、と、窓の鍵が回る音がした。
誰が?
振り向くと、教室の女の手が窓のクレセント錠にかかっていた。
指先は白く、やけに長い。
外の女が、口を大きく開いた。
ガラスに顔が近づき、息で曇る。
「……やっと」
俺は叫んだ。
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