
長編
虎の穴
きき 3日前
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姿もちらほら見られる。何処の国からだろう。
枯葉剤の資料を熱心に見つめる白人女性が、目に止まる。
嘘だろ?と思う程太っている。が、腰の位置がやけに高い。足が長いのだ。
痩せたらさぞスタイルがいいんだろうな。と思いながら後ろを通る。
アメリカ人だろうか。アメリカ人はこれを見て何を思うだろうか。余計なお世話なことを考え先に進む。
少し先を歩いていた先輩が、なにやら壁にある除き穴のような隙間を覗き込む。
「おっ。」
と言って顔を離し、こちらに向って手招きする。
言われるがまま、俺も中を覗き込む。
暗く狭い部屋のようだ。
簡素なベッドがひとつ。あっちにあるのは便器だろうか。
奥の暗がりに誰かいる。
人だ。
痩せた男がひとり、暗がりの隅に縮こまっている。手足には鎖が付いていた。
少し怯んだが、目が慣れるとそれが人ではないことが解る。
蝋人形のようだ。
精巧な、とは言えないがやけにリアルなその顔には表情はなく、目は虚ろだった。
人形だから当たり前か。
先輩が後ろで、
「虎の穴みたいだな。」
と、ピントのズレた感想を言う。
「誰もプロレス修行なんかしてませんよ。」
俺は笑いながら顔を離す。
そばにある解説に目を通した。
どうやら戦時中の捕虜の部屋を再現しているらしい。
実際この建物は捕虜収容所だったとの説明もある。
早々に飽きたらしい先輩はズンズン順路を進んで行く。
俺もその後を追おうとすると、後ろで
ジャラ……
鎖の音がした。
俺はもう一度、例の虎の穴を覗き込む。
暗がりには先程と変わらない捕虜の人形が座っていた。
鎖も動いた様子はない。
当たり前か…
顔を離す。
ふと周りを見ると、さっきより人が少ない。
あんなに居たのに。
少ない観光客のひとりが順路の先に進むと、そこには俺一人しか残っていなかった。
ジャラ……
また鎖の音が聞こえる。
やっぱり冷房が効きすぎてる。少し寒い。
俺は鎖の音が聞こえないふりをして、順路の先に急いだ。
ふと靴の裏に違和感が、何か踏んだものがくっついているようだ。
見ると、茶色いしわくちゃの紙切れのようだ。
折り紙のような。
取り敢えず靴底から剥がして、手に持ったまま先を急いだ。
先輩の姿は見えない。
展示品の鑑賞もそこそこに、バタバタと出口に向かうと先輩は既に見終わったらしく、出口の先で待っていた。
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- 小説のような文章の成立ちで、飽きる事もなく一気に楽しんで読める。 文才ありますね、だなんて偉そうなコメントを残しましたが… 大学という、最高学歴を持ち 本がお好きなら当然、文章の構成もお手の物として身に付いていたんですね。素晴らしい。羨ましいです。K