
賞金付きの試験に参加するだけで、半日で五十万円。そんな広告を見て、閉館した水族館まで来た。
冬晴れの昼なのに、円形ホールは妙に暗かった。集められたのは三十人ほど。受付で魚の形をした真鍮札を渡され、胸に付けるよう言われた。俺の札は二十七番。
壇上の女は、マイク越しに説明した。
「これから椅子取りをします。音楽が止まったとき、座れなかった方は失格です。失格者は賞金を受け取れません。会場を出ることもできません」
冗談にしては、係員たちの手に持つ棒が物々しい。周囲がざわつく中、壁際にいた小さな女の子が、弟らしい子の手を引いていた。
「お兄ちゃん、椅子、ひとつ多いよ」
ホールの椅子は三十脚。参加者も、係員を除けば三十人。数え直しても合っている。女の子はそれでも、閉じた大水槽の方を見ていた。
音楽が鳴る。俺たちは椅子の周りを歩いた。音が止まる。全員が座っている。失格者はいない。
女は笑顔で言った。
「では、確認します。椅子に座っている方は、三十名ですね」
誰かが「そうだ」と答えた。女は手元の名簿に目を落とした。
「こちらの記録では、三十一名です」
その瞬間、水槽の内側から、椅子を引く音がした。
全員がそちらを向いた。空の水槽の底に、濡れた足跡が一組。足跡はガラスの前で止まり、こちらを向いていた。
女の子が、弟の手を強く握る。
「ほら。あの人も座ってる」
俺の隣の椅子が、ぎ、と沈んだ。魚の札が胸元で冷たく光る。
女は名簿を閉じた。
「失格者は一名。番号を読み上げます」
水槽の向こうで、誰かが俺の札を叩いた。二十七番、と。
俺は立っているのに、椅子から立ち上がれなかった。肘掛けのない椅子に、両腕を押さえられていたからだ。¥n
壇上の女が、もう一度言った。
「二十七番。確認できました」
賞金の説明は、最初から最後まで、失格者の分だけ抜けていたのだと思う。水槽のガラスに、俺の後ろから座席を覗き込む顔が映っていた。
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