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長編

小5の思い出

きき 2020年1月28日
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俺が小学校5年生のときだから、もう20年以上も前の話だ。 最初に断っておくが、この話は人も死なないし、霊媒師や寺の住職も出てこない。 特にオチらしいオチもなく、それらしい謎解きもない。 誰かに話すにしても長くなる割にオチもないので機会もなかったんだが、せっかくなのでダラダラと書いてみようと思う。 俺の住んでた町は太平洋沿岸の漁師町で、めちゃめちゃ田舎だ。 海沿いにクネクネとした道路が続き、反対側は山だ。 その山肌にへばりつく様に道に沿って集落がある。 遮るものがないので朝日が昇るのが早く、反対に夕暮れは山に遮られ暗くなるのが早い。 そんな町で暮らしていた。 そんな町の小学校だから全校生徒は俺のいた頃で100人位、今では20人も居なく近々統廃合されるらしい。 俺の学年は20人、当然1クラスだけ。 全員小さい頃から一緒の幼馴染みたいなもんだ。 さて、前置きが随分長くなってしまった。 俺も当時を思い出しながら書いているので、 いい歳したおっさんの晩酌中の手慰み手記だと思って許して欲しい。 小学校5年のときに、学校に一泊する宿泊学習という行事があった。 これは来年にある修学旅行の予行練習の意味合いもあったんだと思う。 当然俺たちは学校に泊まるという非日常にわくわくしていた。 当日の土曜日は授業終了後、15時に準備をして再登校。(当時は土曜日は午前だけ授業があった) 学校で夕食を皆で作り、色々とレクリエーションを行った後就寝。日曜のお昼には解散。というスケジュールだった。 俺たちは楽しく夕食を食べ(何故かカレーライスと焼きそばという妙なメニューだった)、皆でドッヂボール(ボールを2個にすると危機感が増して楽しい)をしたりしながら宿泊学習を満喫していた。 夜になり肝試しをすることになる(スケジュールに入ってた)。二人一組のペアになり、校舎の外周を回って帰ってくるだけ。その後で花火をして就寝という予定だった。 たかが外周といって侮るなかれ、この学校は古い。(当時で築70年を誇る木造校舎) そして前述のような立地のため校舎には午前中しか日が当たらず、山側に面した校舎の裏側、及び裏庭は日中でも暗くジメジメとしていて甚だ不気味だった。 特に裏庭にはいつの世代のものか、無数に手形が押されたセメント製のモニュメントが乱立し(タイムカプセルとのことだが審議は不明)、 何処からの寄贈か知らぬが、非常口表示のポージングに酷似した石像(半ば朽ちていて性別すら不明)が鎮座しているため、昼間でも通りたくないような嫌な場所だった。 加えてうちの学校は、墓地を移設した跡に建てられているというまことしやかな噂があり、肝試しにはうってつけのロケーションでもあった。 とはいうものの俺も5年生である。 特に男子はキャーキャー言う女子を尻目に、早く花火やりてえなあとか思ってた。 そんな中、俺はふと思いついた計画の為、悪友二人(直人と繁)を呼んだ。 「なあ、幽霊いたって嘘つかねえ?」 というのもクラスに一人霊感少女気取りの女子(陽子)がいて、普段からコックリさんだの、黒魔術だのと女子を集めては行っていて大変うっとうしかったのだ。 計画はこうだ。 まず先に行く直人がペアの女子にそれとなく幽霊のことを話す。 次に行く俺がもう少し詳しく幽霊の容姿をペアである陽子に話す。 最後の繁が大袈裟に「幽霊だー!」と騒ぎながら戻ってくる。 皆が怖がって騒ぎ立てるなか、陽子が乗ってきて「見た」とか「いた」などと言えば、 「嘘だよー。バーカ!」 とネタばらしをしてやろうと。 所詮小5が考えた計画なので突っ込みどころ満載だが、俺なりにせめて信憑性を増そうと幽霊の容姿について詳細を詰めることにした。 最初の案は「おかっぱ頭で赤いスカートの女の子」だったが、どう見ても「ちびまる子ちゃん」であり「トイレの花子さん」のイメージそのものだったので却下。 あまりに安易だ。 次の案は「紺色のワンピースにおさげの女の子」。 これも「ラピュタのシータ」の匂いがしたが、ちびまる子よりはマシだろうということになり、 結局「黒いワンピースにおさげの女の子」のイメージでいくことに決まった。 お互いが「幽霊のイメージ」を共有した後、いつまでも一緒に居ては口裏合わせをしたことがバレるのでそれからは3人とも不自然なくらい離れて順番を待つことにした。 直人の番だ。 それとなくアイコンタクトをし、直人ペアを見送る。 5分後、何事もなかったように戻って来る直人たち。ちゃんとやったのかあいつ。 後で聞くと、予想以上に怖かったらしく全然仄めかすことすら出来なかったらしい。ヘタレめ。 次は俺と陽子ペア。 見てろよ陽子。お前がエセ霊感少女だということを白日の下にさらしてやる。(夜だけど)   ぐるっと外周を回る。 裏庭はやっぱり不気味だ。陽子も霊感少女のくせに怖いのか、幽霊の「ゆ」の字も出さない。 裏庭を通り、グラウンドのブランコが見えた辺りで俺はおもむろに陽子に声をかける。 「あれ?あそこのブランコに誰か」 そこで陽子に振り返り、 「なあ、あれ誰だ?あんなやつ居たか?」 また前を見ながら、 「あ、いない…なんだ今の。」 我ながら素晴らしい演技力だ。 伊達に3年連続で学芸会で主役を貼ってない。 陽子の反応を伺う。 おかめのような糸目顔が震えたかと思うと突然、 「ギャー!!」 と叫び走り出してしまった。 正直このときの陽子の声にもの凄くビビった。 「ちょ、まてよ!」   などと言う間もなく、脱兎のごとく皆のところに走る陽子。 内心やり過ぎたかなと思いながらも、この後の展開に心躍る俺。 さあ、乗って来るかな? 俺も一人はちょっと怖いので走って戻る。 先に着いてた陽子が半泣きで騒いでいる。 担任の先生が陽子を宥めながら、戻って来た俺に状況を聞く。 俺は「ブランコのところに黒い服でおさげの女の子がいたこと」「ちょっと目を離したら消えたこと」を少し興奮気味に伝えた。 先生は陽子に「お前も見たのか?」と聞き、陽子は泣きながらうんうんと頷く。 ここで直人が「さっき俺も見た」としれっと言い出す。 予想以上の騒ぎになって多少焦ったが、さてネタばらしってところで折り悪く様子を見に来た校長先生が登場。 この校長は悪い人ではないんだが、天然なのか良かれと思ってやった言動が裏目に出るという事が多い人だった。 話は逸れるが、俺が小3のときの全校朝会で 「えー、6年生の福田とし子さんのことをハナモゲラと呼び馬鹿にする生徒がいるようですが、人にそんなあだ名をつけてからかうことは絶対にしてはいけません!」 と発言し、一部の生徒が付けたあだ名「ハナモゲラ」はこの発言により全校生徒が知ることとなった。 哀れ福田とし子さんは一躍スターダムにのしあがり、俺たち下級生からも「ハナモゲラさん」と呼ばれることになってしまった。 という事があったのだが、今回も校長は善意が暴走した。 「こんなに皆が怯えパニックになっているなか宿泊学習は継続出来ません!直ちに中止にして親御さんに迎えに来るように連絡しなさい!」 と、まさかの中止を言い渡した。 事の重大さに青くなった俺たちは 「こうなったからには嘘を貫き通そう」と決意を固め、ガッカリしながら帰路に着いた。 俺は帰って両親からの質問攻めにあったが、いかんせん事の発端が俺の下らない嘘ため正直にいう事も出来ず、先生からの説明をそのまま繰り返す事に終始した。 多分両親にはバレてたと思うんだけど、事が事だけに反省してるなら、教訓になったでしょう、とあまり追求はされなかった。 さて、週明けの月曜日。 当然ながら学校はその話でもちきりだった。 そりゃそうだろう。 幽霊が出て宿泊学習が中止になったときたら、大騒ぎにならないほうがおかしい。 ましてやこの小さな小学校での出来事である。 反面、俺たち3人は憂鬱だった。 今更「嘘でした」とも言えず、かといって便乗して吹聴するわけにもいかない。 ちなみに繁は自分が行く前に騒ぎになったので罪悪感もそれ程無いようで、「やっちまったな」感ありありの態度でちょっとイラッとした。 ともあれ、いつもなら武勇伝のように騒ぐはずの俺たちが大人しくしていることから逆に幽霊騒ぎの信憑性は高まり、その週は騒ぎが終息することもなかった。 陽子といえば、霊感少女の本領発揮とばかりにお祓いと称して家から塩を待って来たり、何処で買ったのか十字架のネックレスを付けてきたりして(浄土真宗のくせに)、甚だやかましかった。   次の週明け月曜日、全校朝会で校長が動いた。 「幽霊の話で学校中が騒がしいですが、怖がることはありません。そもそもこの学校は墓地を移設した跡に建てられてたこともあり、そういった話が出やすい場所ですが………」 衝撃が走った。 今まであくまでも「まことしやかな噂」だった 「墓地跡に建てられた学校」が本当だったことが判明した瞬間である。 親が卒業生、という生徒も多く聞いたことかある生徒もいただろうが、親からなんとなく聞かされるのと校長の口から全校朝会で聞かされるのとでは衝撃の度合が違う。 結局また校長の善意の暴走により、幽霊騒ぎは終息するどころか更に拍車がかかってしまった。 校内は騒然となった。 さて、そんな校内で「黒いワンピースでおさげの女の子」の幽霊の目撃談が囁かれるようになった。 やれ、「2年の子が見た」だの「6年生の兄ちゃんが見た」だのと、毎日のように新しい目撃情報が飛び交った。 そんな話を聞くたびに俺はうんざりした気持ちになり、 「もう勘弁してくれ。それは俺たちが作った嘘だ。」 と何度も言いそうになった。 だって居るわけがないんだから。 しまいには自分の事を棚に上げて、そんな話をするやつを汚い噓つきだと思うようにさえなった。 俺たち3人は放課後になると少年野球の部室(プレハブ)に集まり、「早く皆忘れねえかなー…」「他になんか話題なるもんねえのかよ…」などと言い合っていた。 直人は 「昨日うちの弟も見たとか言い出してさ。なんか授業中にトイレに行ったときに見たんだと。教室に戻る時に後ろ振り返ったら、女子トイレに入ってくのが見えたってさ。」 と苦笑混じりに話してくれた。 「で、あんまり怖がるもんだから幽霊が便所に行くかよ、見間違いだろって言ったらえらい怒ってさ。俺もカチンときて思わず、あれは俺たちの考えた嘘だって言いそうになっちゃったよ。」 それを聞いて俺は 「あぶねえ。絶対言うなよ。」 と釘を刺した。 直人が続ける。 「でもさ…あの幽霊の、黒いワンピースにおさげって、本当に嘘なんだよな…」 「はあ?お前も一緒に話して決めただろ。」 「いや…そうなんだけどさ…なんか皆が皆俺たちの考えた幽霊見るっておかしくねえ?」 「おかしくはないだろ。あの時俺らが説明したのがそのまま広まってるだけだって。」 「そうだよな…でも、学校中で同じ幽霊を見た見たって言ってんのがなんか気持ち悪くってさ…」 そう言われると確かに。と思うこともあるが、いかんせん小さい学校だ。 俺たちが思ってるよりイメージが正確に伝わってるんだろうと、少人数でやる伝言ゲームみたいなもんだよ。と納得してその日は終わった。 次の日だった。 その日は朝から繁に元気がなかった。 前述のように繁は直接嘘に加担してないせいか、俺や直人と違い割とあっけらかんとしていてむしろこの状況を面白がってもいた。 そんな繁がやけに静かなもんだから、休み時間のたびにどうしたのか聞くが、なんとも歯切れの悪い受け答え。 結局放課後まで繁の様子はおかしく、いつものように部室という名のプレハブへ。 これもいつものようにペンキの剥げたベンチに3人並んで座った。 練習が始まる前、まだ誰も来ない部室に早くから集まって下らないことを喋る。 俺たち3人の日常だ。 俺はなんとなく手に取った素振り用のバットを持ち、直人はいつもするようにグローブを付けて目の前の壁にボールをぶつけては取るというのを繰り返してる。 繁はまだ暗い顔だった。 「なに?なんかあったの?」 直人が戻って来たボールを逆シングルで捕球しながら繁に話かける。 「ああ…うん…昨日さあ…」 繁が自分の手を見ながらポツポツと喋りだす。 「昨日さあ、PTAのミニバレー練習があってさ、あ、母ちゃんがやってんだけど俺も着いて来てさ。そんで最初は俺もバレーして遊んでたんだけど段々飽きてきちゃってさ。ほら、他にきてたの低学年のやつばっかでさ。な?」 「いや、知らねえけど。で?」  直人は繁の方を見もせずにボールを投げては捕球する。 「で、暇になっちゃったから夜の学校探検でもしようかなって。意味もなく教室に向かったんだよね。あ、電気つけちゃまずいかなって、暗いまんまにしてさ。」 「ああ、なんか解る。悪いことしてる気になるよな。」 ボールを投げる。とる。 「うん。でね、体育館出たら丁度突き当りが理科室じゃん?そこに誰か入って行ったんだよ。 俺はそんとき、 ああ、俺の他にも暇でおんなじこと考えてるやついたんだなって思って理科室に行ったの。 で、理科室着いてドア開けようとしたらカギ閉まってんの。当たり前だよね。 じゃあさっきのは?って。そういえばドアの音もしなかったなって。 そう思ったら急に怖くなってさ。ほら、例の幽霊のこと考えちゃって。」 その時のこと思い出したからなのか、少し震えるような声で繁が話す。 直人がボールを投げる。とる。 なんとなく部室が寒い気がしてきて、俺はちょっと大きめの声で言った。 「だからぁ、その話は嘘だって。」 「解ってる、解ってる。 でも俺怖くなっちゃってさ、走って体育館ま で戻ったの。 そんでドアの前着いて、後ろ振り返ってみたんだ。 そしたら理科室のドアが開いて… 黒いワンピースの女が出てきた…」 背筋がゾッとした。 俺はむきになって反論しようとしたが、遮るように繁が早口でまくしたてる。 「解ってるよ!嘘だって!俺も一緒に考えたんだからさ! でもさ、見ちゃったんだよ!俺たちが考えた幽霊をさ!なんなんだよこれ!」 繁は泣き顔だ。 俺はこの空気に耐えられなくなり、繁に負けない程の早口で大声で 「なんなんだよって、俺も知らねえよ! お前おかしいんじゃねえの?! 自分の嘘で怖がって!そもそも居ないんだって!」 そう言って俺は持ってたバットを放り投げる。 乾いた音が、思ってたよりずっと大きな音が部室に響く。 いつの間にか直人のボールの音も止んでいる。 いつからだ。繁の話の途中からか。 足元を見るととボールがスパイクの脇で止まっている。 ふと、直人の方に顔を向ける。 直人は繁を見ていた。 いや、繁の向こう側の壁、部室の奥を見ていた。 直人の目はこれ以上開かないってくらいに見開かれて、唇は尋常じゃないくらい震えていた。 知ってる? 背筋ってほんとに凍るんだよ。 総毛立つとか、皮膚が粟立つとか、ほんとにいい表現だよな。 全部その通りだ。 自分の毛が逆立つのが解る。 首筋から背中から腕まで鳥肌が広がっていくのが解る。 直人の見ているのはなんだ? 見たくない、解ってる、でも振り返らずにいられない。 俺は誰かに操られたみたいにゆっくり振り向いた。 直人の見ている壁の方を、部室の奥を。 繁も俺と同じようにゆっくりそこに振り返る。 居た。 部室の隅の暗がりに、 沢山の賞状が掛かった壁の前に、 俺が、俺たちがイメージして作り上げたそのまんまの姿で。 その姿を見た途端、繁は叫びながら転がるように部室から飛び出した。 その声が合図だったように直人も弾かれたみたいに立ち上がって繁に続いた。 俺は? 俺は動けなかった。 尻がベンチにくっついたみたいに腰を上げることすら出来ない。 目も離せなかった。 つむることも出来なかった。 それは 黒いワンピースで おさげを結った 女の子 だった。 俺は情けないくらい震えた声で呟いた。 「なんなんだよ…なんでいるんだよ…」  体は動かない。でも不思議と声は出せた。 「いいかげんにしろよ。嘘なんだよ。」 一度声に出すと、吐くように止まらなくなった。 「嘘なんだよ!お前は! 嘘なんだ!消えろ!消えろ!消えろ!」 最後の方は泣きながら叫んでいた。 そいつは、 何故かどんな顔だったか思い出せないんだけど、 本当に、本当に悲しそうな顔になって消えた。 泣きながら叫んだせいか頭がクラクラして、足にも力が入らなくて、フラフラしながら部室を出ると直人と繁が泣きながら立ってた。 思い出しながら書いててちょっと笑ってしまったんだけど、 二人はぴったり寄り添ってて、何故か手も握ってて、涙で潤んだ目でこっちを見てた。 俺も向こうから見れば大差ないかもしれない。 涙でぐちゃぐちゃな顔で。 まだ心配そうな顔でいる二人に 「消えた。」 と答えてやった。 これで終わった。もう大丈夫。 不思議とそう思った。 気付けば練習が始まる時間で、走ってきた4年生の色黒チビが何事もなかったように部室のドアを開けた。 わらわらと他のやつらも集まってきて、いつものように練習が始まろうとしていた。 俺たちはなんだか夢を見てたような気分で、いつもの日常に戻っていった。 それからは、本当に風船がしぼむみたいに幽霊の話もなくなって、俺たちは春に6年生になった。 陽子は霊感少女のままだった。 校長はその春に定年退職した。 離任式では 「教師生活最後の年は、君たちのせいで大変な一年でした。」 と言い放ち、最後まで空気の読めない校長だった。 結局、あれがなんだったのかは最後まで解らなかった。 俺たちのイメージが作り出したものだったのか。 それとも、元からいた何かに俺たちのイメージが偶然重なってしまったのか。 俺の言葉で消えたってことは前者なのかもしれない。 これで、おじさんの思い出話はお終いです。 思ってた通り、ダラダラと長くなってしまった。 お目汚し失礼。

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