
長編
借家に住んでいた時の話
匿名 2024年9月30日
chat_bubble 5
14,829 views
私が小学4年生だった頃。
それまでずっと関東に住んでいましたが、父の仕事の関係で東北に引っ越すことになりました。
その時に住んだ借家で体験した話です。
母と衣類の入ったダンボールを部屋に運ぶ為、部屋のドアを開けに行った母が、わっ!と声を上げました。
何だろうと思って部屋を覗くと、ハンガーに掛けられた着物が電気の紐に縛ってある状態でぶら下がっていました。
前に住んでいた人の忘れ物かな?と母と話し、取りあえず畳んで押し入れにしまい、ダンボールを運び込んで片付け作業をしました。
その日はくたくたになり、夕飯を食べて早々に母と眠りました。
翌朝、母が朝食を作りながら父に、おそらく前の住人が忘れていったであろう着物があるから、大家さんに聞いてみて、と話していました。
新しい学校には2日後から登校する予定だったので、私はその日も片付け作業を手伝っていました。
その夜、帰宅した父が大家さんに着物の話をしたところ、前の住人に連絡を取ってくれたそうですが、着物を忘れた記憶はないし、家族も特に何も言っていないので処分して大丈夫ですと言われたと母に話していました。
母はその着物を資源ゴミの袋に入れながら、こんな立派な着物なのに何だか勿体ないねーなんて言ってました。
学校が始まり、何とか友達もできて、平和に過ごしていましたが、しばらくして母が変なことを言い始めました。
例の着物を着た人が、ここ数日家の前を彷徨いている、と。
似たような着物なんじゃない?と言いましたが、そうだとしても、家の前を何度も彷徨いてるのはおかしいし、不審者かもしれないから気を付けなさい、学校と付近の人たちにも連絡しておく、と言っていました。
父は念のため警察にも連絡したほうがいいんじゃないかと、翌日相談に行ってくれました。
それから一週間も経たないうちに、妙なことが起きました。
朝、母の悲鳴で起きた私は、何事かと思い、どうしたの!?と飛び起きました。
ぎょっとしました。
引っ越し当日に見た時と同じように、あの着物がハンガーに掛けられて電気の紐に括りつけられていたのです。
ポカーンとする私をよそに、母は父を叩き起こし、着物が戻ってきた!とパニックになっていました。
母は用心深い人で、就寝前は必ず母が施錠を確認しています。
私もよく一緒に鍵閉めを行っていたので、誰かが侵入した形跡がないか家中の鍵をチェック、窓ガラスが割られていないかなどを3人で確認しました。
ですがどこも異常はなく、施錠もしっかりされていました。
取りあえず父は警察に通報し、付近のパトロールを強化してもらえるようにお願いしてくれました。
母は気持ち悪がりながら、また着物を資源ゴミの袋に入れて、厳重に口を縛っていました。
その日は普通に登校しましたが、着物のことが頭から離れず、夜もなかなか寝付けませんでした。
それを察した母が、大丈夫、朝はパニックになっちゃったけど、よくあることだよ、と言って布団をぽんぽん優しく叩いてくれました。
よくあってたまるかと思いましたが、母の言葉は偉大、頼りにしてる大人がそう言ってくれるだけで安心し、私は眠りにつきました。
しかし案の定夜中に目が覚め、それからなかなか眠れずにいました。
時計を見ると1時半過ぎ、横で眠る母の布団に潜り込み、身体をぎゅっと縮めながら着物のことを考えてしまいました。
よくあること… よくあること… と自分に言い聞かせながら眠ろうと必死になっていた時、足元でカサカサと袋が擦れるような音が聞こえました。
全身が心臓になったのかと思うくらい、ドクンドクンと震え、ぎゅっと目を瞑りました。
カサカサという音は大きくなっていき、今度はズルズルと引きずるような音に変わりました。
私はたまらず母に抱きつき、お母さん、お母さんと小さく呼びました。
母は寝ぼけながらも私を抱きしめて頭をぽんぽんしてくれました。
少しほっとした時、母の向こう側に見える部屋の景色が目に映りました。
着物が壁に張り付いていました。
身体が硬直しました。
怖いのに目が離せない、目を閉じたいのにまばたきさえもできない、そんな状態でした。
中心が開いた着物、その左胸元あたりから、人の頭のようなものが少しずつ出てきました。
恐怖で呼吸が荒くなり、涙がボロボロ流れましたが、目が離せませんでした。
その頭は片目だけ見える状態で止まり、こちらを見ているのが分かりました。
目が合ったからです。
私は大泣きしながら、大声でお母さん!!と叫びました。
母はなんだぁ!?と飛び起き、大泣きしてる私を見て慌てて電気を点けました。
ギャンギャン泣いている私の声を聞いた父も駆け付けて、どうした!?と2人はオロオロしていました。
私は先ほどの出来事を言うと、着物が張り付いていた壁を調べてくれましたが、そこに着物はなく、資源ゴミの袋の中にしっかり入っていました。
恐怖からくる幻だったんじゃないかという話になり、資源ゴミの日はまだ先でしたが、翌日は可燃ゴミの日だったので、着物を可燃ゴミ袋に入れ直して、翌朝早々にゴミ捨て場に持っていってくれました。
しかし数日後、母と買い物をして帰宅すると、玄関の前に可燃ゴミ袋が置いてありました。
袋から透けて見えるハッとするような橙色、あの着物を入れた袋でした。
私は学校では着物の話はしていないし、母もしていないとのことでしたが、もはや地域で我が家に嫌がらせをしているのではないかと母は疑心暗鬼になっていました。
父は着物のことは大家さんに聞いただけでしたので、着物のことを知っているのはわが家と大家さんだけです。
大家さんはこの家を契約する時にとても喜んでくれていて、大家さんが嫌がらせをしているとは考えにくく、何より今は息子さんのお宅に住んでいるとのことで、そのお宅までは車で1時間半ほどかかるので、わざわざこんな嫌がらせをするのは考えにくいと父は言っていました。
前の住人に直接話を聞きたいところでしたが、今は飛行機の距離に引っ越されたようで、それは難しそうでした。
とにかく母と私はもうこの家にいるのが不気味で嫌でしたので、早急に住まいを変えたいと父に伝えました。
父は困っていましたが、実際変なことも起きているし、転校したての私のメンタルを心配して、学校に近い小さなアパートを契約してくれました。
借家には父の仕事道具などがあり、アパートも金銭的に広いところの契約は難しいので、父は借家、私と母はアパートで暮らすようになりました。
その間に玄関に置いてあった着物の袋は、父が直接ゴミ処理場に持っていき、処分してもらいました。
ほっとしたのも束の間、今度は父がみるみる内に憔悴していきました。
どうしたのか聞いても、仕事が忙しくて疲れてるだけだから大丈夫の一点張りで、何も教えてはくれませんでした。
絶対にあの着物が関係していると私も母も考えていました。
なので寝泊まりはアパートでして、出勤する時に借家に寄り仕事道具を持っていけば良いのではと提案しましたが、父は心配要らないよと青白い顔でにこっと笑うだけでした。
そしてその会話をしてから間もなく、父が仕事中に倒れたと連絡がありました。
過労によるものだろうと病院では言われましたが、私はたまらず父に、着物がまた戻ってきたんでしょう!と言いました。
点滴をされた父は観念したように、弱々しく答えてくれました。
私と母がアパートに住み始めた翌日、借家の台所の床に、あの着物がまるで人が大の字で寝ているかのように置いてあった。
俺は頭にきて、その着物をハサミで切り付けた。
しかし生地が厚く、しっかり切れなかったので、なんとか切れ込みを入れて力づくで引き裂き、本当はダメだけど、庭で燃やした。
燃え尽きる前に出勤の時間になってしまったので、水をかけてそのまま借家を出た。
帰ったら、あの着物がお前たちが使っていた部屋の電気の紐に、ハンガーに掛かった状態で括りつけてあった。
言葉が出なかったが、今度は包丁を使って着物を切り裂き、今度こそ燃やし尽くした。
燃やし尽くしたと思っていた。
夜、床を這うような音がして目を覚ますと、あの着物が壁に張り付き、胸元あたりから女の顔がこちらを覗いていた。
起き上がろうと思ったが金縛りのように身体が動かず、ひたすらその女と目が合った状態で時間が過ぎていった。
気付くと朝になっていた。
それから毎日、夜中に床を這う音が聞こえ、壁に張り付いた着物の胸元から女が覗いてくる。
それは最初は顔だけだったが、首、肩、上半身と、だんだん身体全体が見えてきている。
昨日はもう全身が見え、その姿はヘドロに塗れたように汚く、寝ている俺の布団に向かって片足を出してきた。
あれがあの着物から完全に出てしまったら、取り返しのつかないことが起こりそうで怖い。
私と母は唖然として、借金してでもあの家を出ようと言いました。
母は、働き出そうとしていたところだし、パートでもバイトでもなんだってするから、命には代えられない、大家さんには申し訳ないけど、違約金がどれだけかかろうと、わたしが家族を守る!と号泣していました。
私も泣きながら、家族がいなくなっちゃうのは嫌だ、私ももうゲーム欲しいとか言わないから、あの家には戻らないで!と言いました。
父は、俺は愛されてるなぁとにっこり笑いながら、私を抱き寄せてくれました。
それからすぐ大家さんに連絡をして、引っ越し業者を呼び、早々に別のアパートにうつりました。
大家さんは残念がっていたそうですが、父が正直に着物の話をしました。
大家さんはそうですか… と言って、それ以上は何も言わなかったそうです。
もしかしたら、と言うか持ち主の大家さんが知らないわけないんじゃないの?と母は父に言いましたが、これ以上は知りたくないし関わりたくない、と温厚な父がとても怒っていました。
あの着物が何だったのか、その後あの借家には誰か住んだのか、どちらも分かりません。
引っ越してからは借家には近付きませんでしたし、結局3年ほどでまた関東に戻ったので、何も分からないままです。
新しいアパートに引っ越してからは特に変わったことはありませんでしたし、もちろん関東に戻ってからもありません。
何かあったとしたら、成人式で橙色の着物を着た人を見て、軽くパニックになったことだけです。
ただ、一度だけグーグルアースでその借家を検索しましたが、まだ存在しています。
この怖い話はどうでしたか?
chat_bubble コメント(5件)
コメントはまだありません。