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魂喰地蔵

黒かもめ 2日前
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まだまだ厳しい残暑が続いていた、ある年の9月末の話。 新社会人になって半年。 ブラック企業で擦り切れる日々の中、私の唯一の楽しみは、彼氏のAと出かける“心霊スポット巡り”だった。 怖がりのくせに、夜の誰もいない非日常感と恐怖がスパイスとなってワクワクする、そんな矛盾した習慣だった。 A「なぁ、そろそろこの辺りの心霊スポットはほとんど巡ったと思うし、県外のスポットに行ってみないか?」 私「そうだね。良いよ。」 こうして、私たちは少し遠くの心霊スポットへ行くことにした。 早速、心霊スポットの候補を挙げていると前々から気になっていたZ山の廃神社があった。 私「このZ山の廃神社、前から行ってみたかったところなんだけど、どうかな?」 A「別に良いよ。本当に幽霊が出るって言われてたところだって結局何も出なかったし、もうどこでも良いよ。」 Aはほとんど考えることを放棄していたが、賛成してくれたので廃神社を目指すことにした。 時刻は22時を少し回った頃。 車を走らせ、廃神社へと向かう。 スマホのナビアプリでは午前0時過ぎの到着予定。 夜は昼に比べてだいぶ涼しく、少し肌寒いくらいだ。 A「2つ隣の県なのに2時間くらいで着くんだな。もっとかかるもんだと思った。」 私「以前この廃神社を調べた時に、昔は旧Yトンネルが唯一の経路だったってことがわかったの。今は新しく建設された新Yトンネルだけが地図に載ってるんだけど、旧Yトンネルはまだ封鎖されてないんだって。」 A「お前、そんなのよく調べたな。」 私「こういう場所って、時間が止まってる感じがして好きなんだ。」 他にも廃神社に出る子供の幽霊に関する噂だったり、訪れた人たちの体験談を話していたらあっという間に時間は過ぎた。 廃神社まで後30分くらいのところで、例の旧Yトンネルが見えてきた。 トンネルの入り口付近、道路の左側に真っ黒な何かがあるのが見えた。 段々近づいてくると、それの正体が地蔵であるとわかった。 A「今まで幽霊とか心霊現象に遭遇できなかったし、ちょっとあの地蔵に今回は何か起こるようにお願いしていこうぜ。」 私「やめておこうよ。何の目的で建てられたのか、わからないんだし。」 A「大丈夫だって。別に悪いことをしているわけじゃないんだし、急いでるわけでもないんだから良いだろ?」 私「しょうがないなぁ。」 気乗りしなかったが、2人は地蔵にお参りすることにした。 Aに押し切られて、渋々車を降りる。 家を出た時は少し肌寒い程度だったが、山中ということもありかなり冷える。 そして、はっきりと地蔵の姿を見てみて、その異様さにゾッとし、さらに背筋が寒くなった。 全体が黒く、目と口に当たる部分だけが丸く穴が空いている。 まるで真っ黒な埴輪のような姿だ。 私「普通のお地蔵さんとはちょっと違うみたいだし、嫌な感じがするから、やっぱりやめようよ。」 A「何言ってるんだよ。地蔵なんてどれも一緒だろ?ほら、さっさと幽霊に会えるようにお願いするぞ。」 と、その時。 右後ろ、トンネルの方から視線を感じる。 私「ねぇ、A。トンネルの方から何か見られてるような感じがしない?ねぇ、A、聞いてる?」 Aは地蔵に手を合わせていて気付いおらず、私の声も聞こえていないようだ。 不安を抱えながらトンネルの方を確認してみる。 トンネル内部はオレンジ色のライトで照らされているものの、かなり薄暗い。 当然、誰もいない。 そしていつの間にか視線も感じなくなった。 私(何もいないようだけど、動物だったのかな。) ところが、しばらくトンネルの中を見ていると、また誰かに見られているような感覚になった。 私(まただ。) さっきと同じように視線は前のトンネルの中から向けられていて、自分でもよく分からないが気のせいでも動物でもないことを直感した。 今すぐにでも引き返せと本能が言っているが、何故か体が全く動かせない。 蛇に睨まれた蛙のように、全身が凍り付いたかのように、目を逸らすことさえもできない。 私(なんで動けないのっ!早くここから逃げなきゃ!) すごく怖い。 心臓が破裂しそうなほどバクバクと早鐘を打ち、手のひらにじっとり汗が滲む。 帰りたい。 何とか動こうとしてみるものの、どうにもならない。 動けない時間が続く。 しばらくすると今度は視線が無くなった代わりに微かな音が聞こえてきた。 ペタッ、ペタッ、ペタッ。 私(今度は何?) 音は視線と同じく前方から聞こえてくる。 ペタッ、ペタッ、ペタッ。 音は次第に大きくなる。 どうやらこちらに近づいてきているようだ。 はっきりと聴こえるようになったくらいで次の異変が現れた。 トンネルの左側のライトの一つが明滅する。 その間もペタッ、ペタッ、ペタッ、と音は聞こえ続ける。 すると今度は点滅していたライトは普通に点灯し、一つ手前のライトが明滅し始めた。 私はここで確信した。 見えない何かがこちらに歩いてきている。 ペタペタと聞こえているのは、その何かが歩いている音で、点滅しているライトの下に、"ソレ"がいる。 これは本当にまずい。 どんどん"ソレ"は近づいてくる。 ペタッ、ペタッ、ペタッ。 私(お願い、来ないで!) 音が大きくなるにつれて、ここに来てしまった後悔も大きくなる。 ペタッ、ペタッ、ペタッ。 トンネルの入り口、一番手前のライトが点滅した。 ペタッ、ペタッ、ペタッ。 恐怖でどうかなりそうだ。 ペタッ、ペタッ、ミシッ。 音が変わった。 "ソレ"はトンネルから出て道路脇の草の上を歩きだしたようだ。 ミシッ、ミシッ、ミシッ。 "ソレ"が草を踏む音で、私たちのいる場所までもう目と鼻の先だとわかる。 ミシッ、ミシッ、ミシッ•••。 音が止んだ。 目には見えないが"ソレ"は今、目の前にいる。 何もされず、何も聞こえない状況が続く。 不気味なことに、虫や動物の鳴き声はおろか、風で揺れる木々の音さえ聞こえない。 本当の無音だ。 自分の息遣いだけが聞こえる。 どれくらいこうしているのかわからないが、足が痺れて感覚が無くなってきた。 動いても大丈夫なのか、まだ、"ソレ"はそこにいるのか。 少なくとも五感では"ソレ"を感じられず、何もわからない。 ?「••ぶか?」 突然誰かの声が遠くの方から聞こえてきた。 ?「••うぶか?」 私(誰?何を言ってるの?) ?「••うぶか?」 パッ! 突然、目の前が急に真っ白になった。 顔を光で照らされているようで、眩しくて目を開けることができない。 ?「大丈夫か?」 声の主は懐中電灯で私を照らしていた。 ?「おい、しっかりしろ。」 気がつくと、カップルの男女に介抱されていた。 2人ともTシャツに短パン、サンダルというラフな格好をしており、深夜のコンビニに行くかのような格好をしていた。 状況が理解できず混乱していることを察したカップルの男性が、何が起こったのかを教えてくれた。 たまたまここを通りかかった時に停車している車と地蔵の側で気を失って倒れていた私を見つけて助けてくれたそうだ。 どうやら私は夢を見ていたらしい。 得体の知れない存在が全て現実ではなかったと思うとすごくホッとした。 カップル男性「ねぇちゃん、大丈夫か?立てるか?」 私「大丈夫です。ありがとうございます。」 大丈夫と言ったはものの、立とうとしてもうまく立てない。 何故だか足に力が入らない。 倒れていた時に見ていた気味の悪い夢のせいだと思ったが、すぐにそうではないとわかった。 私の両足は膝あたりまで真っ黒になっていたのだ。 カップル女性「後少し遅かったら助からなかったね。間に合って本当に良かったよ。」 私「どういうことですか?」 カップル女性「この黒い地蔵は別名、魂喰(たまはみ)地蔵と呼ばれていてね、その目を見た者の魂を吸っちゃうの。」 そこで私は気がつく。 私「待って、Aは?ここにもう1人男性はいませんでしたか?彼氏と一緒に来たんです。」 カップル男性「……。」 カップル女性「……。」 カップルは2人とも俯いて口を閉ざしている。 その様子を見て一気に不安が募る。 私「A?どこにいるの?ねぇ、返事してよ。」 先ほどとはまた違った意味で心臓の鼓動が早くなり、胸がざわつく。 両足が動かないのでこの場所から見渡せる範囲で探してみるが見当たらない。 私「Aはどこにいるの?どうして近くにいないの?」 泣きそうになるのを我慢しながら2人に問いかける。 カップル男性「ねぇちゃんの足が黒いのはな、それは魂喰に魂を吸われかけてた証拠なんだ。もしあのまま魂を吸われ続けてたら最後は肉体も吸われちゃうのさ。ここにその彼氏さんがいないということは、もう…。」 私「そんな…。嫌…。A、返事して!」 いくら待てども返事は返ってこなかった。 だんだんと空が明るくなってきた。 このままここにいる訳にもいかず、2人に説得され拓也の捜索は警察に任せることにした。 カップル男性「ねぇちゃん、一旦、帰って休んだ方がいい。麓まで送ってってあげるから、車に乗りな。」 私「…。」 私にはもう話す気力さえ残っておらず、静かに頷いた。 体力的にも精神的にも限界だった。 カップルの車に乗り込むやいなや、強烈な睡魔に襲われ瞼が勝手に閉じた。 ガタンッ 車の振動で目が覚めた。 私(あれ、私、寝ちゃってたのか。どれくらい寝てたのかな。ここどこだろう。) 少し空が明るくなりかけていた。 フロントを見ると、カップルは前を向いたまま何も話さない。 私「ねぇ、どこまで行くんですか?」 助手席の女性が、鏡越しにこちらを見て笑う。 そして、女性の顔を見た瞬間、私は背筋が凍った。 ──その顔には、“目と口”に当たる部分に穴が空いていた。 私「っ!?」 よく見てみると、運転席の男性も同じ顔をしている。 今になって、このカップルはおかしなことばかりだということに気づいた。 夜中の冷える山中で、あんなにラフな格好をしていて寒がる様子が無かった。 それに私たちがいたあの道は廃神社に行くためだけのもの。 普通のナビはルートさえ表示されない。 たまたまここを通りかかったと言った時点でおかしいと気づくべきだった。 あれこれ考えているうちに車のスピードが上がっていることに気がついた。 カーブの度にタイヤが『キーーッ』と甲高い音を立てる。 足は依然として動かず、振り回されないようにドアの取っ手に必死にしがみつく。 次のカーブが見え、この速度では曲がりきれないと悟った。 今の私にはもはや祈ることしかできない。 そして、その瞬間が訪れる。 「ギャリッ——ガシャァンッ!」 鉄が裂けるような物凄い音がした。 ガードレールが悲鳴をあげて、車体が崖から飛び出す。 何もかもがスローモーションになったかと思うと、そこで意識が無くなった。 次に目を覚ました時、私は見知らぬ病院のベッドに寝ていた。 体は鉛のように重く、腕からいくつもの管が伸びている。 側にいた看護師が私に気づくなり、慌てて誰かを呼びに行った。 しばらくして、私を担当されていると思われる医者が来た。 医者「気がつかれましたか。ご自身に何が起きたのか覚えていますか?」 私「よく、覚えていません…。」 医者「あなたが乗っていた車が事故に遭ったんですよ。別の車と正面衝突して、あなたが乗っていた車は炎に包まれました。幸い付近の住民の皆さんが協力して下さり、あなたは助かったのです。」 段々と記憶が蘇ってくる。 私(そうだ、あの時、私たちは同棲を始めるから、部屋探しのために隣町へ行っていたんだ。その帰り道、Aが運転していて私は助手席に乗っていた。カーブに差し掛かった時、対向車線から車が大きくはみ出してきて、ぶつかったんだ。あれ、待って。あなたはってどういう事?) 私「あの、Aはどうなりましたか?」 医者「…同乗されていたAさんは、残念ながら救助が間に合いませんでした。病院に着いた頃にはもう手の施しようがありませんでした。」 私「…。そうですか…。」 すごく悲しいはずなのに何故だか不思議と医者の言葉は腑に落ちた。 医者「他にも私から伝えておかなければならないことがあります。」 私「え?」 医者「あなたの両足ですが、複雑骨折していた上に大火傷を負っていました。可能な限り手を尽くしましたが、おそらく二度とご自身の足で歩くことは叶わないでしょう。本当に残念です。」 私「はい…。」 医者「大変お強いですね。多くの場合、皆さんこういう時は泣き叫んだりパニックになったりするのですが。」 私「何故だかこうなるような気がしていましたので、覚悟もできていました。」 医者「そうですか。あなたのようなケースも稀におります。中には脳にダメージを受けたことが原因だった患者さんもおられます。些細なことでも良いので、何か違和感があれば言ってください。」 私「わかりました…。」 医者「後、これもいずれ知ることになると思いますが、対向車に乗っていた10代〜20代と思われる男女もお亡くなりになりました。ぶつかった拍子にガードレールを突き破り、川に転落してしまったそうです。」 私「すみません。変なことを聞くようですが、もしかして、その男女は半袖に短パン、サンダルの格好をしていませんでしたか?」 医者「えっと…、そうですね。確かそんな格好をしていましたね。何故そのことを?」 私「私にもわかりません…。でもそんな気がしました。」 医者「そうですか…。まぁ何はともあれ、奇跡的に助かったのです。失ったものも非常に大きいです。今は体だけでなく心もゆっくりと休めてください。」 一通り医者が状況を説明し病室を出ていくと、事故に遭ったこと、Aがもういないこと、一生歩けないこと等、様々なことが急に現実味を帯びてくる。 大粒の涙が止めどなく溢れて、悪夢の終わりと過去との別れを優しく告げた。

後日談:

  • あの事故から、半年が経った。 私は今、一人暮らしをやめて実家に戻って、一階の和室で暮らしている。 段差が少なくて、車椅子でも動きやすいからだ。 膝から下は今もまだうっすらと黒いままになっている。 医者は「火傷の痕だ」と言ったけれど、私はどうしてもそう思えなかった。 あの夜、魂喰地蔵の前で見た、真っ黒に染まった自分の足と同じ色をしているからだ。 会社は事故からしばらくして退職した。 ブラック企業に戻る気力なんて残っていなかったし、そもそも通勤すらままならない。 両親は「命が助かっただけで十分だ」と言ってくれたけれど、仕事も彼氏も足も、一度に全部失ってしまった喪失感はそう簡単に埋まるものじゃなかった。 それでも時間は勝手に前へ進んでいく。 リハビリの合間にAの実家へ手を合わせに行った。 彼の両親は私を責めることなく、「あなたも辛いのに、来てくれてありがとうね」と何度も頭を下げてくれた。 その優しさがかえって苦しくて、言葉が詰まった。 帰りの車の中で、母が運転する音だけがやけに大きく響いていた。 母「……あんた、あそこに行きたいって思ってるの?」 信号待ちの時、母がぽつりと聞いてきた。 私「どこ?」 母「Z山よ。事故のこと、先生に説明するときも、やたら“トンネル”と“地蔵”の話してたって聞いたから」 私「……行きたくなんか、ないよ」 そう答えたものの、胸の奥では別の答えがじわじわと膨らんでいることを、私は自覚していた。 ──本当は、知りたい。 あの時見たものが、どこまで“夢”だったのか。 魂喰地蔵は本当にあの山道にあるのか。 そして、あのラフな格好をしたカップルは一体何者だったのか。 病院で医者から聞いた、亡くなった男女の話。 私たちと正面衝突した対向車には、10代〜20代と思われる男女が乗っていて、その場で亡くなった。服装は、Tシャツに短パン、サンダル...。 ──カップルと寸分違わない格好だ。 あの場所で、あの地蔵の前で、私を助けたと言っていた“あの二人”こそが、その対向車の男女なのだと私は確信している。 じゃあ、あの時、私はどこにいたのだろう? 現実には燃え上がる車の中で意識を失っていたはずだ。 なのに私は、旧Yトンネルの前でAと一緒にいた。 魂喰地蔵の前で足を奪われ、カップルに助けられ、そして崖から落ちる車の中で事故に遭った。 「一回目」と「二回目」の事故。 どちらが本物で、どちらが夢なのか。 あるいは、どちらも“同時に”起きていたのか。 考えれば考えるほど頭が混乱する。 ⸻ ある夜、眠れなくてスマホを眺めていると、「Z山 廃神社 心霊スポット行ってみた」という動画サムネイルが何の脈絡もなくおすすめ欄の一番上に出てきた。 私(……Z山?) 心臓が、ドクンと跳ねた。 サムネイルには、夜の山道とどこか見覚えのある山の稜線のシルエットが写っている。 動画投稿者は聞いたこともないチャンネル名だ。 登録者も再生回数も少ない。 けれど、投稿日はつい最近の日付になっていた。 私(こんな場所、また誰かが行ってるんだ……) 嫌な予感と抑えきれない好奇心がせめぎ合う。 結局、私はその動画をタップしてしまった。 画面の中で安っぽいBGMと能天気な声が流れ始める。 投稿者『どーもー、〇〇チャンネルです。今日は視聴者さんからリクエストの多かったZ山の廃神社に行きまーす!』 若そうな男の声だった。 カメラは車内からの映像に切り替わる。 窓の外には、夜の山道。 ガードレール、ヘッドライトに浮かぶ木々、カーナビの画面。 私「……」 私は、息を飲んだ。 ナビ画面には「新Yトンネル」という文字と、その先に薄く灰色で描かれた旧道の線が見えている。 その旧道の入り口に、小さく「通行止め」と赤字が重ねられていた。 投稿者『えーっと、新Yトンネルのルートで行こうと思ったんですけど、今回は“こっち”っていうコメントが多かったんで、自己責任で旧道の方行ってみたいと思いまーす』 軽いノリでハンドルが切られ、車は旧道へと入っていく。 ガタガタと路面の振動がカメラ越しにも伝わってきた。 しばらく暗い山道が続いた後、前方にぽっかりと口を開けたトンネルの入口が現れる。 私(……旧Yトンネル) 声に出さなくても頭の中でその単語が浮かぶだけで、手のひらにじっとり汗が滲んだ。 投稿者『あれが旧Yトンネルみたいですねー。うわ、雰囲気やば……』 カメラがブレながら近づいていく。 そして、トンネルの手前、道路脇。 そこに──“それ”はあった。 真っ黒な地蔵。 目と口の部分だけが、丸くくり抜かれている。 画質はあまり良くないのに、その異様さははっきりと伝わってきた。 私(やっぱり……ある) 心臓が、もう一度大きく跳ねた。 投稿者『なんだあれ。真っ黒じゃん。やべぇ、これ絶対出るやつでしょ~』 動画の中の男がはしゃぐ声がする。 カメラがさらにズームする。 その瞬間、画面にノイズが走った。 ザザッ。 黒い地蔵の輪郭が一瞬歪み、その背後に何か人影のようなものがちらりと映った気がした。 細い体つきの人影のようだった。 私(……A?) 思わず名前を呼びそうになる。 あり得ない。 そんなはず、ない。 そう思うのに、喉の奥までその名前が込み上げてきた。 画面の中で投稿者が笑いながら地蔵の前に立つ。 投稿者『じゃあこの地蔵さんに、今日もなんか映りますようにってお願いしとこっか』 私の胸がぎゅっと締め付けられた。 ──“幽霊に会えるようにお願いしていこうぜ。” あの夜、Aが言った言葉とまったく同じ響きだった。 私「やめて……」 思わず声が出た。 その瞬間、動画の中でトンネルのライトがひとつ、チカッと点滅した。 投稿者『お?今、ライト点滅しなかった?マジ?』 彼の笑い声の裏で私には別の音が聞こえ始めていた。 ペタッ、ペタッ、ペタッ。 ──ありえない。これは動画だ。録画された映像のはずなのに。 ペタッ、ペタッ、ペタッ。 画面の中のライトはさっきまで何ともなかったのに、一つおきに明滅を始めた。 奥から手前へ、順番に。 私(やめて、来ないで……!) 息が浅くなる。 指が震え、スマホを握る手から汗が伝う。 停止ボタンを押そうとしても、指が画面に触れたまま固まってしまう。 動画の中の投稿者の声は、だんだん遠くなっていった。 代わりにあの音だけが、やけにクリアに響く。 ペタッ、ペタッ、ペタッ。 そして、ライトの点滅が入り口の一番手前まで辿り着いたところで──画面がストンと暗転した。 私「え……?」 真っ黒になった画面の中央に、白い文字が浮かぶ。 《この先の映像は、アップロードできませんでした。》 それだけ。 巻き戻そうとしても、早送りしようとしても、同じ場所で強制的に止められる。 動画の時間表示を見ると総再生時間は「13分」となっているのに、そこで再生が打ち切られているのだ。 私「……バグ、かな」 かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。 その時、スマホのスピーカーから、か細いノイズ混じりの声が聞こえた。 ?『……うぶか?』 私「え……?」 思わず耳を近づける。 ?『……うぶか?』 聞き覚えのある響き。 あの時、意識を取り戻す直前、遠くから聞こえてきた声と同じだ。 ?『大丈夫か?』 はっきりとした言葉に変わる。 私は、スマホを取り落としそうになった。 音は動画の音声ではない。 再生は止まっているのにスピーカーだけが勝手に声を流し続けている。 カップル男性『……ねぇちゃん』 今度は、あのカップルの男の声がした。 半袖に短パン、サンダル姿の、あの男だ。 カップル男性『今度は、間に合わないかもしれないよ』 ゾクリ、と背筋を氷の指でなぞられたような感覚が走る。 その言葉と同時に部屋の天井の蛍光灯が、チッ……チッ……と点滅を始めた。 私(……やめて) ペタッ。 あの音が聞こえた気がした。 ペタッ、ペタッ。 今度はスマホからではない。 部屋の畳の上。 私のすぐ目の前あたりから。 私(誰も、いないのに) ペタッ、ペタッ、ペタッ。 畳を裸足で歩くような、やわらかい足音。 それが私の方へまっすぐ近づいてくる。 私「来ないで……」 震える声でそう呟いた瞬間、音がぴたりと止まった。 しん……と、部屋の空気から音が消える。 風の音も、家のきしむ音も、遠くを走る車の音さえも。 世界から私の息遣いだけが切り取られたみたいに。 私は恐る恐る視線を下ろした。 膝から下。 布団の上に乗せられた自分の足。 真っ黒に染まっていた。 さっきまで火傷の痕のようにまだらだったはずの皮膚があの夜と同じ、濡れた墨を塗りつぶしたような黒に変わっている。 境目から上はいつもの自分の肌色だ。 そのくっきりした境界線がかえって異様さを際立たせていた。 私「いや……いやだ……」 頭を振る。 目をぎゅっと閉じる。 もう一度開けた時には元に戻っているかもしれない。 そんな淡い期待にすがる。 ──ペタッ。 目を閉じているのに足音ははっきりと聞こえる。 今度は私の真横。 耳元からだ。 ?『美星』 名前を呼ばれた。 Aの声で。 私はゆっくりと目を開けた。 そこには誰の姿もなかった。 いつも通りの狭い和室。 天井には点滅する蛍光灯。 布団の上には動かない自分の足。 ただ一つだけ、見慣れないものがあった。 布団のすぐそば、畳の上。 あの黒い地蔵とまったく同じ形をした小さな置物が、静かに置かれていた。 全身が黒く塗られ、目と口だけが丸くくり抜かれている。 その空洞の中で、何かがゆっくりと蠢いた気がした。 私は叫ぶこともできず、声にならない息を吸い込んだまま固まってしまう。 ──ピロン。 不意にスマホの通知音が部屋に鳴り響いた。 視線だけで画面を確認する。 通知の送り主の名前を見て心臓が止まりそうになった。 『A』 もうこの世にはいないはずの名前。 震える指でメッセージを開く。 そこにはたった一文だけが表示されていた。 A《次はさ、どこ行く?》 その文字を見た瞬間、部屋の蛍光灯がバチンと音を立てて消え、 闇の中で、ペタッ、ペタッ、ペタッという音だけが、また近づいてきた。 ──私は悟った。 あの夜、魂喰地蔵の前でお願いしたことは、まだ終わっていないのだと。 「幽霊に会えるように」という、たった一度の軽い願いの代償を、 私はこれからも、ずっと払い続けなければならないのだと。

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