
長編
山岳の漂泊民
しもやん 6時間前
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だけだと俺は楽観していた。入り口には工事用のトラロープが張られており、「土石流により通行止め」という看板も出ていた。ふつう山屋はこの手の警告を無視する。どれだけ道が荒れていようとも、徒歩で踏破できないようなケースはまず考えられないからだ。
当然俺もそうした。トラロープを潜り、軽快に下っていく。最初はよかった。落ち葉は深く堆積していたものの、道は明瞭でロストするようなおそれはない。ところがそれは罠だった。道がまともだったのは最初だけだったのだ。沢が近づくにつれて登山道は荒れていき、ついには完全に踏み跡が消失してしまった。徹底したことに、木々に巻かれているはずのペナントもひとつ残らず撤去されていた。
例の警告は正しかった。当時の俺は沢・尾根という地形を読む登山を修得していなかったため、パニックに陥ってしまった。どこがどこだかさっぱりわからない。間もなく日没。俺は暗闇に包まれた山のなかに一人、取り残された。
あてもなくさまよっていると、人の声が聞こえたような気がした。それも複数。最初は天の助けだと思った。これでなんとかなる。傾斜のきつい斜面を無理やりトラバースして、声のするほうへヘッドランプの灯りを頼りに突き進んでいった。
徐々に声がはっきり聞こえてくる。ところが妙なことに、彼らがなにを話しているのか一向にわからない。俺はようやく正気に戻り始めた。日没したあと、廃道になった登山道に複数の人間がいる。とてもこれ以上近づく気にはなれない。ヘッドランプの灯りを消し、息をひそめる。
すると彼らがこっちに向かってきた。灯りを消しているのでどんな背格好なのか正確にはわからないが、月明かりが助けになった。人数は六人。老若男女が入り混じっており、みんな妙に背が低い。栄養状態がよいとは言いがたく、手足は枯れ枝のようだった。男女ともに汚らしい蓬髪で、男は濃い無精ひげを生やしている。まだ早春で山は冷えるはずなのだが、まとっているのは甚平か作務衣らしきぼろぼろの衣服のみ。
なにより不思議なのは、彼らが日本語を話していなかったことだ。沖縄や青森のように本州から外れるほど、方言ははなはだしくなる。それでもだいたいなにを言っているかはわかるし、なによりここは日本のど真ん中である。英語でも中国語でも韓国語でもなかった。それはまぎれもなく独自の言語だった。
彼らは道なき道をまるで通勤路のように歩き、俺には気づかないまま鬱蒼と
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- サンカかぁ。 実話だとしても、怖くは無いけど不思議な話ってとこかな。 確かにあの一帯はそんな雰囲気があると思う。 典型的な辺境の雰囲気があった90年代ぐらい迄なら、ニホンオオカミが捕まっても驚かなかったかもしれない。 河内風穴とか、人跡未踏のストラクチャも存在するし、鈴鹿嶺西一体は都会から一時間で行ける本格的秘境ってとこでしょうか。 でも近頃は鈴鹿の峰越も、ただの山地になってしまいました。 酷険道フリークの間では有名だった石榑峠も、トンネル化した結果、峠越しは封鎖され、トンネル経由の新道はおばちゃんの軽やらノロマなトラックやら普通にゆききしてます。 とはいえ、実地を良く知る身としては、情景がリアルに想像出来て面白かったです。霹靂