
中編
あるクレーム
匿名 2023年9月20日
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昔、子供向け教材の訪問販売をしていた時に経験した話です。
毎日アポなしで何十件もの家々を訪ね歩いていると、本当に色々な家庭に出会います。
中には怖い体験や不思議な体験をする同僚も少なくありませんでした。
ある日、千葉県某所のお宅へ伺った時の話です。
その家は築30年ほど経過していそうな古めの戸建て住宅でした。
田舎の分譲地にありがちな、売れ残りの空き地が目立つ分譲地にぽつんと建つ家でした。
周囲の空き地が草ぼうぼうになっていたこともあり、その家は余計に寂れて見えました。
インターフォンを押すと、中年の女性が出てきました。
やつれた感じの人で、顔色も悪く、髪もぼさぼさでした。
(ああ、外れかなぁ)
と思いつつも、一応基本の営業トークをしたところ、
「ちょうどうちの子に、こういう教材やらせようかと思っていたところだったんですよ」
という、営業的には稀にある非常にラッキーな出会いでした。
聞けば小学4年生の男の子が一人いるのだということでとんとん拍子に話が進み、その場で40万円もの契約をいただけました。(当時は子供向け教材ってこれぐらい高かったんです)
お母さんもとても上機嫌になってくれて、
「本当にちょうど良かったです。教材が届くのを楽しみにしています」
とまで言ってくださりました。
その頃の営業成績がいまいちだった私はルンルンでその家を後にしたのを覚えています。
始めは幸薄めの印象だったお母さんでしたが、帰るころには本当に嬉しそうで、自分の子供のことを本当に大切に思っているんだなと何となくじんわりしました。
帰社して契約が取れたことを連絡し、早速担当者に教材発送の手配を取ってもらいました。
みんなからお祝いの言葉ももらって、久しぶりに良い気分で帰宅できました。
それから数日後、事務所に一本の電話が掛かってきました。
応対した事務さんが怪訝な表情で私を呼びました。
「○○さんって方から電話です」
それは、数日前に契約してくれたあの家でした。
「お母さんからですか?」
「いえ、旦那さんみたいです・・、なんかちょっと怒ってますけど・・」
私は直感的に(あ、キャンセルだな)と悟りました。
お母さん一人で契約を決めてしまい、後日お父さんからキャンセルの電話があるケースは珍しくなかったのです。
一気に憂鬱な気分になりながら、私は受話器を取りました。
案の定。お父さんは怒気をはらんだ声で言いました。
「●●さんですね?うちのに教材を売りつけましたよね?」
「はい」
「昨日、教材が届いてびっくりしたんですが、どういうつもりでこんなものを売りつけたんですか?」
「いえ、お母さんが、お子さんにちょうど教材を検討されてたと仰っていましたので・・」
「・・・・・・・・」
「あの・・・」
「・・・・・●●さん」
お父さんの声がにわかに沈みました。
そしてお父さんは苦しそうに、こう言ったのです。
「うちには、子供なんていないんですよ・・」
私は咄嗟に言葉が出ませんでした。
お父さんは続けました。
「ですので・・、申し訳ないのですが、この商品、引き取りに来てもらえませんか」
私は「はい」とだけ答えるのが精一杯でした。
翌日。
私は約束通りそのお宅へ再訪しました。
お母さんが出てきたらどうしようと、内心緊張していました。
どんな顔して挨拶したらよいのか・・
しかしインターフォンを押しても誰も出てきません。
おかしいなと思い、何度も押しますが、やはり人の気配がありません。
試しにドアノブに手をかけてみると、施錠されておらず、ドアがぎぎっと開きました。
「こんにちは、●●です」
呼びかけながら室内に目をやって、私は息をのみました。
もぬけの殻だったのです。
ついこの間まであった家財道具がまるでなくなっていて、完全な空き家になっていたのです。
呆気にとられる私の目の前に、未開封の教材セットだけが、ポツンと置かれていました。
底知れぬ恐怖を感じ、私はあわてて教材を手に取り、逃げるようにその場を後にしました。
心霊とは違いますが、あの時は本当に言いようのない恐怖心にとらわれました。
あのお母さんの顔とあの家の光景。
20年近く経った今でも忘れることができません。
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