
長編
それい駅
匿名 2024年11月8日
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おそらく怪異駅と呼ばれている部類であろう、とある駅の話です。
長くなりますがお付き合いください。
私が田舎の祖父母の家に遊びに行っていた、ある夏休みのことです。
祖父母の家は長野にあり、広大な自然と都会とは違う静かで澄んだ空気が、私は好きでした。
毎年遊びに行くたびに身一つで冒険に出て、帰れなくなったところを近所の人に見つけてもらうのもしょっちゅうでした。
たしか小学4年か5年の頃の話です。
私は蛙や蛇や蜻蛉や猫や…とにかく目に入った生き物を追いかけたり捕まえたりするのが好きで、その日も虫籠を肩に、バッタを追いかけていました。
素手で捕まえるつもりだったので虫取り網は持たずに笑
周りには田んぼしかなく、細い畦道を行くのですが、しばらく進むと開けた草原がありました。祖父母の家の周りはあらかた探索したつもりだったので、新しい場所が見つかってとても嬉しかったのを覚えています。帰ったらみんなに伝えたいななどと考えていると、バッタはどこかに行ってしまっていました。
しまった、と思いましたが、気を改めて草原の探索にかかります。草原に着いてからずっと目についていた警標に向かって進みました。
道中、足元に大きめの石や朽ちた木の板が大量に落ちていたので、板を拾って見ましたが、行書で文字が書かれていて読めなかったので、帰ったら親に聞こうと思って一枚持っていきました。
また少し行くと、先ほどとは違う石がたくさんあった記憶がありますが、多分石の祠だったんだろうと思います。
草原に入るまでは生い茂った草で警標しか見えていなかったので、新たな発見がとても面白く感じられました。
そうこうするうちに警標に着きました。
警標といっても第四種踏切で、とても街のものとは比べ物にならないほど小さいものでしたが、冒険の末に見つけたお宝のようで、当時の私はご満悦でした。
と同時に、そこに線路が通っていたことに気がつきます。
細い一本の線路が、なぜか植物に覆われず、地表を分けるように横に長く伸びていました。
都会っ子の私は普段線路の真ん中でゆっくり立ち止まることなどできなかったので、嬉々として線路の上に乗りました。
子供の好奇心は収まらないもので、私は線路の上を歩き出しました。
歩き始めた時、太陽はまだ高かったので3時ごろだったと思うのですが、私が長時間夢中で歩いていたのか或いは陽が沈むのが異様に早かったのか、気がつくと周りは夕焼けでした。
その後も私は歩き続けましたが、夕焼けはずっと沈まず、どこまでもあかい景色が続きました。
先ほど拾った木の板を振り回しながら、長い線路をずっと歩きました。
そろそろ帰ろうか、今更かと思うほど歩いた後で、そんなことを思っている時でした。
目の前に、駅があったのです。
疲れていて足元ばかり見ていたので、まるで駅がいきなり現れたようで驚きました。
が、ようやくなにか見つけられた!と達成感でいっぱいでした。
駅は飾り気がなく紺色のペンキもほとんど剥がれていました。
コンクリートのホームによじ登り、見た駅名は「それい駅」
それいけアンパンマンを連想してしまって思わず笑顔になりました。
その時は無知で、怪異駅なんてのも、知らなかったものですから。
夕焼けの色とそっくりな灯りが一つ灯っており、たかる蛾は綺麗な模様をしていました。
その蛾に触れようとした時です。
「それ、返して」
ふいにそばで人の声がして、私は飛び上がりました。
見ると私と同じ背格好の子どもが立っていました。
どんな服を着ていたか、どんな顔をしていたか、まったく思い出せませんが、吸い付くような深い黒髪がとてもきれいで、伸ばせばいいのに、と思った覚えがあるので、おそらく短い髪の毛の子だったんだと思います。
気がつくと陽の傾きは増し、風がざわついてきました。
その子は私の持っていた板を指差し、「それ、返してくれなきゃ怒られちゃう」と言います。
ここまでの長い道中を共にしてきた板との別れは惜しかったですが、「怒られるのは嫌だな」と思った私は素直に板を渡しました。
「うん。ありがとう。」とお礼を言われました。
田舎で同年代の子と会うことがそうそうなかったので、私はその子とお近づきになりたいと、遊びに誘いましたが、やんわり断られてしまいました。
「ここに長くいてはいけない」「いつかまた会える」そう言われたので、
それならもう帰ろうかなと線路に降りると、その子は「もうすぐ電車が来る」と言うのです。時計も時刻表もないのに。よくわかるなあと感心しながらホームに上がり、少し待つと電車が来ました。
「どの駅で降りればいいのか」「運賃はどうしよう」そんなことを考える暇はなく、その子に押し込まれるように電車に乗せられました。
「じゃあね!」と手を振る私に、あの子は「またね」と返してくれて、
私は今日1日の大冒険を思い返しながら、疲労の限界でくたりと寝てしまいました。
気がつくと祖父母の家の目の前に棒立ちしており、あたりは真っ暗、肩からかけていた虫籠には、バッタが1匹入っているのでした。
翌日、昨日の草原に向かいましたが、田んぼが続くばかり。長年この土地に住む祖父母に聞くとこのあたりに草原や線路はないとのことでした。
今でもあのとき感じた感覚だけが肌に残っています。
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