
ベルの音が苦手です。
火災報知器や、店の呼び鈴とは違います。短くて、乾いた、金属の音。古い資料館の収蔵庫で、閉庫の時刻を知らせるベルです。
私は今、療養施設にいます。眠れないことと、音にひどく怯えること以外は、ずいぶん落ち着きました。担当の方にも感謝しています。ですから、これを話すのは責任を押しつけたいからではありません。ただ、あの音を聞くたび、夢の中の女が近づいてくるんです。
夢は、真っ暗な部屋から始まります。
棚も箱も見えません。床だけが白く、遠くまで続いている。そこに女が立っています。顔は分かるのに、名前が出てこない。いつも同じことを言います。
「ベルが鳴る前に」
最初は、それだけでした。
私は収蔵品の整理をしていました。短期の仕事で、資料の番号を確認し、搬入された箱を棚に収める。あの職場にいたのは一年にも満たないはずです。
夢を見るようになってから、昼間もベルの音が耳の奥で鳴りました。鳴るたび、手が止まる。何かを急いでしなければいけない気がするのに、何をすればいいのか分からない。
夢の女は、日ごとに近づきました。
「ベルが鳴る前に」
その後に続く言葉は、どれだけ耳を澄ませても聞こえません。唇だけが動いて、そこだけ音が抜け落ちる。
ある夜、女の手に細い傷があるのに気づきました。私はその傷を知っていました。資料を運ぶ台車で、彼女が指を挟んだ時についたものです。
そこで、記憶が戻りました。
彼女は同じ班の職員でした。仕事が遅いと決めつけ、皆の前で失敗をからかい、必要な連絡をわざと伝えなかった。私が始めたことに、周りも笑って乗った。彼女は抗議しなくなり、やがて誰とも話さなくなった。
閉庫作業の日、搬入口の確認を彼女に任せました。私は扉の外から、もう済んだかと何度も尋ねた。彼女が返事をしているのを聞きながら、私は扉を閉めた。
閉庫ベルが鳴ると、扉は自動で施錠される。彼女が中に残っていると知っていたのに、私はそのまま帰りました。
翌朝、彼女は収蔵庫で倒れていました。事故として処理されました。私は、扉の確認を怠ったのは彼女だと話しました。誰も疑わなかった。彼女が職場で孤立していたことも、私が作った空気のせいだとは言わなかった。
思い出した後も、夢の最後の言葉だけは分かりませんでした。
それを知るのが怖かった。私は、彼女に謝ることすらできない。死んだ人に許しを願うのは、ただ自分を楽にしたいだけだ。そう考えながら、夢を見るたびに、私は彼女に謝りました。
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