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長編

申告外貨物

しもやん 2020年3月7日
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 わたしは通関実務に携わっている。  通関とは読んで字のごとく、税関を通すという意味である。人間であれ手荷物品であれ国境を越える場合、それらは余すことなくチェックされる(ことになっている)。手荷物品などの少量貨物なら簡易通関ですぐに手続きはすむけれども、コンテナ船を使う大ロット貨物の場合は正式な申告書類を作成し、税関の輸出許可を得なければならない。  通関業法などの知識がないと、この手続きはまるで理解不能なようにわざと作られている。法律とはおしなべてそうしたものだ。読点を濫用した意味不明な条文にすることにより(これは一般人を煙に巻くための官僚が用いる常套手段である)、専門知識を持った士業の連中を潤わせるしくみになっている。弁護士も司法書士も、依頼人に代わって管轄の行政組織と渡り合うことで報酬を得ている。  もちろんわれわれ通関士もその仲間である。通関士は荷主の代わりに貨物申告書類を作成し、税関から許可をもらう。1件5,900円という信じられないほど薄利多売の商売である。関係者として断言するが、海外に生産拠点が移っていく今後の趨勢を鑑みるに、輸出メインで稼ぐこの商売に未来はない。日本はそう遠くない未来、純輸入国に近いところまで落ちぶれるだろう。      *     *     *  数年ほど前、だしぬけに新規の依頼が舞い込んできた。  わたしは通関事務所の営業なので、電話に対応し、見積もりを出した(それをいまでも後悔している)。依頼内容は中古品の輸出だった。日本人は新しい電化製品が発売するとすぐに買い替えるけれども、その際に廃棄される箪笥なりベッドなりテレビなりパソコンなりは、まだまだ現役で使えるケースがほとんどだ。  そうした中古品は適正なルートで東京湾の夢の島あたりで処分されることもあるけれども、実はかなりの商品価値を保っている。日本でも古着屋やリサイクルショップがあるが、生活必需品すら満足に流通していない発展途上国――たとえばパキスタンやバングラデシュなどはこの手の貨物を喉から出るほどほしがっている。  はき古された臭そうな靴、他人の汗の染みこんだ布団、背もたれのきしむオフィス用チェア、激安店で投げ売りされているトートバッグ。こうしたものが40フィートコンテナに隙間なく詰められ、どんどん他国へと輸出されているのだ。読者が田舎出身なら、近所を徘徊する怪しげな軽トラを目撃したことがあるかもしれない。  ドライバーは片言の日本語を話す真っ黒に日焼けした外国人で、処分に困っているテレビやパソコンを格安で処分してくれるという。電気店に持っていくと1万円近くはとられるテレビをタダ同然で引き取るという。いったい彼らはそんなものをどうするつもりなのか? 自分で使うにしてもそう何台も必要だとは思えない。  ほかにもある。とても日本人が書いたとは思えないみみずの這いずったような筆跡で、二束三文の荒れ地に次のような看板が突き刺さっていたりする。「なんでも引き取ります、自由に置いていってください」。いったいこの土地の持ち主はどんな人物なのだろうか。ごみを無差別に引き取ってくれる現人神だろうか?  察しのよい読者はお気づきだろうが、おそらくこうした方法で回収された中古品が、回り回ってわたしたち通関業者の目の前に書類として顕現しているのだろう。USED FUTON, USED SHOES, USED TOYS, USED BAGS――。ともかくそうした商売をパキスタン人、インド人、スリランカ人あたりが母国の需要を見越して手広くやっている。そのように理解していただきたい。      *     *     *  見積もりを出した翌日、即座に折り返し電話がかかってきた。要領を得ない片言の日本語で先方はしきりになにやらくり返している。何度かヒアリングしてようやく理解できた。「いつコンテナくるか?」と言っているのだった。  アジア人の商習慣は日本のそれとはまったく異なる。ふつうお互い新規の取引なら途中でトラブルが起こらないよう、綿密に段取りを決めるものだが、彼らにはのんびり構えているような時間はない。前回の取引で発生した仕入れの支払い期限がすぐそこまで迫っており、それにあてるため間髪入れずに新しい輸出をこなさねばならないのだ。トラブルが起こればその都度通関業者に泣きついて解決させる。そういうものだ。  らちが明かないので不慣れな英語に切り替えてみたが、先方は英語もよく知らないらしく日本語以上に片言になる始末だった。結局一字一句明瞭に発音することでこちらの意思はどうにか伝わり、先方のリクエストもかろうじて理解できた。依頼内容は次の通りである。 業務形態 輸出 商材 中古衣類、その他 積み出し地 名古屋 向け地 カラチ(パキスタン) ボリューム 40フィートコンテナ×2 バンニング場所 岐阜県某所  船腹予約は荷主が自分で手配するそうで(海上輸送を売っている会社も得体の知れないインド人が運営するうさんくさい会社のようだった)、こちらは船会社から借りた空コンテナを作業現場まで運ぶドレイ手配と、作業完了後の通関業務のみ。中古衣類は慣れていないと税関を通しづらい貨物だが、わたしの会社は幸いその手のダーティな貨物は得意だった。      *     *     *  バンニング作業当日、外人ヤードとあってなにかしらトラブルがあるだろうと構えていたけれども予想は裏切られ、空コンテナはスムーズに接車できた。ドライバーにも聞いてみたが、現場ではどこの言葉とも知れぬ意味不明な言語が飛び交っていたけれども、責任者らしき人物は一応まともな日本語を話したし、シャーシの誘導もしてくれて友好的だったそうだ。  作業終了予定の3日後、拍子抜けすることにバンニングは滞りなく終わったらしく、無事実入りコンテナをピックしてCYヤードへの搬入が完了した。あとは荷主が送ってくる通関書類とバン詰めの写真をもとに申告書類を作成し、税関から輸出許可をもらうだけだ。これらすべてが完了すれば、コンテナはコンテナ船に積み込まれてカラチへ向けて出港する。  申告書類を作る際には足りない情報などいくつかトラブルがあったけれども、この手の外人顧客ではなにもかもスムーズにいくほうがむしろまれだ。都度情報を収集し、本船出港の2日前に申告。すると面倒なことに税関による現物検査になった。輸出実績のない新規荷主は現物検査になる可能性が非常に高い。なじみのない荷主は検査する。税関は裁判所とは異なり、〈疑わしきは罰する〉の倫理で運営されている。  わずらわしい検査手配をこなし、検査当日。検査には税関職員、通関業者の従業員が立ち会う決まりになっている。わたしは営業担当者なので当然駆り出された。税関構内へヘルメットをかぶって到着すると、すでにコンテナは先着していた。税関職員を呼び、封印用のシールを切断し、扉を開ける。  当然であるが、中身は写真通りだった。ぎっしりとプレス機で圧縮したらしい布団の塊が詰まっている。ひとつでも塊を取り出してしまったが最後、もとに戻すのは困難なタイプのやりかただ。コンテナの海上運賃はボックスレート――すなわち1本何ドルというように算出される。したがって内部に1カートンだけぽつんと置いておくのと、本件のように隙間なくぎっしり詰めるのも値段は同じである。目の前の状態は荷主が合理主義者である証拠でもあるのだろう。  毎度こんな調子なので、結局税関の現物検査は形骸化している。貨物確認ができるのはコンテナの手前に見えているものだけで、奥になにが入っているかは荷主以外誰にもわからない(それを証明するため税関へ作業中の写真を提出するのだが、われわれ通関業者はしょせん代行業務なので、それが本当に目の前の貨物と一致するのか判断のしようがない。荷主がなんらかの理由から、まったく関係のない写真をよこしてお茶を濁していないとは言い切れない)。 「写真通りですね」税関職員が皮肉交じりに言った。「こんなぎっしりよく詰めるなあ」  税関職員はしきりに通関書類と現物を見比べているが、見えるのは手前に積まれた中古の布団だけである。 「この荷主さんとはお付き合い長いんですか」 「新規顧客です。見積もりを頼まれて、受注しました」 「日本人?」 「外国人です。パキスタンかスリランカ人あたりでしょうね」 「あの人たちは本当にたくましいですよね」  こんな調子で雑談を交わし、検査は終了した。税関職員はなにも問題ないと宣言し、ぶらぶらとオフィスへ戻っていく。わたしは大きく伸びをして、コンテナの扉を閉めにかかった。  片方の扉を閉め、もう片方に渾身の力を込めたそのとき。布団の隙間から細長い長方形の箱が見えた。長さは2メートル弱、幅は80センチ弱。真っ黒でなんの柄も印刷されていない。たぶんその箱からだろう、なにやら不快な匂いがかすかに漂ってきている。考えなしに生ごみを突っ込んだ真夏のごみ箱のような匂い。わたしは手元の通関書類と謎の箱を見比べてみた。写真にこんなものは写っていなかったし、申告貨物のなかにも一致するような品目は見つけられない。  もっとよく見ようと思い、布団を押しのけて隙間を広げてみる。すると箱の表面がもっとよく見えてきた。なにか文字が書いてある。英語だ。よく見えない。co、corp? いや、corpse。corpseと書いてあった。単語の意味がわかった瞬間、わたしは布団の隙間を閉じてなにも見なかったことにした。扉を閉じ、大急ぎでシール封印する。  検査指定票をドライバーに返却し、CYヤードへ戻してよいと伝えた。たぶんわたしの声は震えていたと思う。ドライバーは冬の寒さだと思ってくれたようで、不審がることもなく巨大なコンテナシャーシを検査場から発進させた。その瞬間、会社用の携帯が鳴り響いた。心臓が止まるかと思うほど驚いた。出てみると通関部門からで、たったいま輸出許可が下りたとのことだった。      *     *     *  わたしは結局、税関へは通報しなかったし、それどころか会社の誰にもこのことを話していない。その後同じ荷主から依頼があったらと思うと血の凍るような気分だったが、幸い現在にいたるまで、2度めの依頼は受注していない。料金回収も驚くほどスムーズだった。請求書を送った翌日には入金されていた。  くり返すが通関業者はあくまで荷主の代行として通関に携わっているだけだ。荷主が黒か白かを判断し、正義の裁きを下すのが仕事ではない。これは弁護士が依頼人の無罪を実は信じておらず、有罪だと確信していてもなお量刑の軽減に臨むのに似ている。もちろん麻薬なり拳銃なりが出てきたとき、律儀に税関へ通報する人間も業界内にいるにはいる。  けれども誰がそんな厄介ごとを背負い込みたがるだろうか? 反社会的荷主の貨物を扱ったことが判明すれば会社も無事ではすまないし、通報した人間も長く執拗な取り調べを受ける。それに輸出は輸入と異なり、許可が下りてしまえばもうこちらのものだ。貨物は日本の法律がおよばない外国へ消えていき、二度と日の目を見ることはない。  仮にわたしが通報していたとしても、本船はすでに出港したあとだっただろう。たった1つのコンテナに〈生ごみ〉が積み込まれているかもしれないというだけで、本船を回航させるほどの権限は税関にないし、第一税関自体が検査をして許可を下ろしたのだから、そんな後出しじゃんけんは通じない。  それにあれが本当に書いてあった通りのものだったとも言えない。わたしは箱を開けて中身を見なかったし、作業員がいたずらであんな文字を書いただけということもありうる。そういうことをやらかす外人は多い。  けれどももし、中古のテレビを引き取る要領で彼らが例の生ごみを引き取っているとしたら? 仕入れ先はいくらでもある。殺人犯、暴力団関係者、老親の介護に疲れた家庭。日本のどこかに遺棄すればいずれ警察の捜査であぶり出されるだろうが、国外なら彼らの手も届かない。法律も無効である。輸出者は法外な値段で貨物を引き取り、輸入者も法外な値段で貨物を現地で処分する。排出元は少しばかり高い処分費用を支払っていままで通りの生活を送ることができる。誰も損をしていない。輸出された本人以外は。  市場は技術的に不可能でない限り、発生した需要を必ず満たす。それが資本主義のすばらしいところである。上述したような商売がないとなぜ言い切れるのか? 日本では毎年2,700人前後の人間が行方不明になっている。彼らはどこに消えてしまったのだろう。鬱蒼と茂った山林だろうか。深い湖の底だろうか。それとも――発展途上の外国だろうか。  わたしは見慣れない電話番号から電話がかかってくるたび、戦慄を覚えるようになった。  外人特有の片言の日本語はとくに苦手だ。彼が聞き取りづらい例の調子でこう言うかもしれないではないか。 「いつコンテナくるか?」

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