
長編
もう一つの鎌
匿名 2017年4月15日
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以前、大学の後輩の井崎から聞いた話である。
彼は神奈川県のある町に住んでいるのだが、その町にはYマンションと呼ばれる地元では有名な心霊スポットがあったそうだ。
Yマンションは今では取り壊され、更地となっており新しく一軒家が建てられている。
知らぬ人が通れば何らおかしい雰囲気などはない(実際に私も彼に案内してもらい、Yマンションの跡地へ連れて行ってもらった)普通の場所のように思える。
しかし、実際にYマンションが建っていた頃を知る井崎や彼の友人数名などは、その不穏な雰囲気を今でもはっきりと覚えており、皆一様にYマンションについて語る時は「あそこは本当に危ないんです」と前置きする。
かつてYマンションが有名な心霊スポットであった頃を私は知らないが、詳しい人に話を聞けば何でも外装は如何にも廃墟となっており、中は不良や浮浪者の溜まり場となっていたのか外以上に荒れ果てた惨状だったらしい。
そんな場所だからなのか、地元住民からは心霊スポットとして広く認知されているYマンションだが、実際に調べてみたところそこで何かしらの事件や事故があったというよくな情報はなかった。
しかし、心霊スポットとしての噂であれば聞けば聞くほど多様な話が出てきた。
中でも一番多かったのは、背の高い中年の女とその手を取る少女の幽霊の話だ。
この2人は深夜、yマンション入り口エントランスから東に向かって伸びる棟の廊下に出没するそうだ。
明確な出現位置などは聞いた人によって多少違いはあったが、一階でしか彼女たちの姿を見た人はいなかった。
そういった話を集める中で、井崎自身も私があたっていた人達とは別の伝手からYマンションに関する怪談を集めてくれていた。
彼が集めた怪談の多くは私が集めたYマンションに関する情報と似たり寄ったりで、先述した2人の幽霊などの話も含まれていたが、一つだけ私が聞いていないYマンションについて怪談があった。
それは井崎の友人で金目さんという女性が話してくれた実体験であるらしい。
井崎から伝え聞いた話をまとめると以下のような形になる。
その晩、金目さんは高校からの友人3人に誘われてYマンションへと肝試しに向かったらしい。
元々幽霊など信じていなかった金目さんだが、積極的にこういった場所へ足を運ぶのも気がすすまないのでYマンションについては噂程度の話しか知らなかったらしい。
4人で自転車を漕いでYマンションへ向かう途中、金目さんは何とも形容しがたい、不穏な気配を感じたそうだ。
それが何であるのか、金目さん自身もその時は理解出来ていなかったようだが、それはYマンションに到着した瞬間、漠然とした不穏な気配が輪郭を帯びるように、はっきりと感じたそうだ。
その時、金目さんは闇夜の中に浮かび上がる鬱蒼としたYマンションの佇まいを見てここは本当に良くない場所だ、何か良くない事が起きる、ここにいたくないという予感がした。
しかし周りにいる3人の友人は金目さんがその時感じていたような不安は一切無く、まず一階を探索して徐々に上の階に向かって行こうなどと話していたらしい。
金目さんはこの時、本気でこの場所から離れようと思い友人を説得したが、せっかく来たのだから少しだけでも中を見たいという友人達はそのまま中に進んで行ってしまったらしい。
こんな不気味な場所に入るのは嫌だが、1人取り残される恐怖と天秤にかけた時、金目さんの中で後者に皿が傾き、結果として彼女も渋々ながら3人に同行してYマンションへと入った。
道中、Yさんはひっきりなしに感じる背筋を走る不穏な気配に思わず泣きそうになったと言う。
そんな中、4人が一階の探索を終えて二階に続く階段を登り始めた所で金目さんはいよいよ自分の中で膨らんでいく、あの形容しがたい、しかしはっきりとした嫌な予感が爆発的に強まったのを感じたそうだ。
それは二階へと続く階段の踊り場に無造作に捨てられていた。
最初、それに気づいたのは金目さんだった。
そして金目さんはそれに気づいた瞬間、何故だかは分からないがとてつもない恐怖を感じたという。
踊り場に置かれていたのは、一本の草刈り鎌だった。
よくよく見たわけではない暗かったので不鮮明だが、鎌であることに間違いはないらしい。
何故こんなところに鎌が置いてあるのか、それを考える前に金目さんは叫びながらその場を走って戻ったらしい。
その異常な様子に周りの3人は一瞬、置いてけぼりを食らったが金目さんの並々ならぬ状態に恐怖を感じたのか、すぐに彼女の後を追って走って来たという。
そして4人がYマンションを走り抜けた止めてあった自転車の所にまで戻ってくると、金目さんは再び目を見開いたという。
先ほどYマンション二階へと続く階段の踊り場に落ちていた鎌らしき物。
それと同じ、古びた草刈り鎌が金目さんの自転車籠の中に無造作に入っていたからだ。
それから金目さんは籠の中の鎌を掴むと、それを思いっきりYマンションの敷地の中に投げ入れ、その場で泣いて謝ったという。
それ以来、特にはっきりとした霊障などには遭遇していないが、今でも金目さんは新しく更地となり、家が建てられているYマンションの敷地を通り過ぎるのが怖いという。
追記
先日この話を投稿した後で久しぶりに井崎と連絡を取った。
その後のYマンション跡地の事や金目さんの事が少し気になったのだ。
そこで私は井崎から、Yマンション跡地に建てられた家は現在空き家になっている事を聞いた。
詳しい事情などは分からないが、そこに住んでいた家族全員が夜逃げをしたとかで居なくなってしまったそうだ。
そして肝心の金目さんについてだが、彼女は既に地元を離れて就職しているらしく、近況を窺い知る事は難しかった。
しかし、井崎は金目さんの事よりも彼女と一緒にYマンションへ行った3人の事を私に喋りたがっている様子だったので、それとなく促すと驚くべき事を話した。
金目さんが地元を離れた後 暫くしてから、立て続けに例の3人が亡くなったのだという。
井崎も3人全員の葬儀に出席したわけではない為、詳しい死因などについては分からないらしいが、事故や病気であることは確からしい。
しかし、Yマンションへ行った4人のうち3人が亡くなり、肝心の1人はそこで奇妙な現象に遭遇しているなど風聴するのも憚られ、井崎もそのことについては私が話を聞きに連絡するまで忘れていたそうだ。
何とも後味の悪い話だが、金目さん達4人がYマンションに行ったのは少なくとも5年以上前のことで、3人が亡くなったのはここ1〜2年のことだ。3人の死とYマンションを結びつけるには時間が空きすぎているように思える。
しかし無関係とするには3人の奇妙な共通点(同じYマンションに行って、金目さんの怪現象を間近で見ている)が気にかかる。
それについては今となっては知る由もない事だ。少なくとも私は積極的にこれ以上の事を知りたいとは思わない。藪を突いて蛇になど噛まれたくはないからだ。
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