
長編
幼少期の体験談1「裏山の石段」
匿名 2018年12月2日
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私の母方の実家はお寺でした。
山深い場所の川の真横にある、木造の古いお寺です。
両親の事情で今では交流がなくなってしまいましたが、正月や長期の休みには子供の時によく母と里帰りをしていました。
私は子供の頃から少し変わったものを見る体質だったのですが、母の家系自体が降霊術を行う家であった為、特段不思議には思われませんでした。
むしろ子供の頃から才能があると喜ばれ、祖父にも見えないものが見える私は将来有望だとさえ言われていました。
家を継がせる気のない母からすれば、あまり心地の良い話ではなかったのでしょう。
そういった話をする時に母が笑っていた記憶はありません。
第一、祖父と叔母にはそういったものが見えていましたが、私の母には見えなかったのです。叔母も、〇〇ちゃんほどはっきり見えないよ、といつも言っていました。
そんな環境で育ったせいか、私は見えるそれらをそこまで怖いと思ったことはありませんでした。
たまに嫌な感じのするものはあれど、恐怖と感じる程のものは見たことがなかったのです。
人型であれば亡くなった人なのだと思い、家族の言いつけ通りに不用意に近寄らず、目を合わせなければ困ったことにもなりませんでした。
ですが、私は7歳の時に初めて、恐怖を知ることになりました。
その日、私は母の実家に泊まりに来ており、昼間に近所の同い年か少し上ぐらいの子供達と一緒に遊んでいました。
私はそれまで決して見えるもののことを同年代の友達に話しませんでしたし、実家のお寺もその村ではとても大事な物として扱われていたので、私は特に変な子供だと言われることもなく近所の子達とも仲良くしていました。
遊んでくれるグループの中には、特に私を可愛がってくれたお兄さんがいました。
その日、ある場所な行こうと言い出したのはそのお兄さんでした。
そのある場所、というのは、私の実家の裏山にある石段を登った先のことでした。
そこは危ないから行ってはいけないのだと言い聞かせられていた為、私は反対しました。ですが、
「みんなで行けば大丈夫だよ」
年長者のお兄さんがそう言うと、みんな何故か納得して、行く気になってしまいました。
メンバーは私以外が、4つ上のお兄さん、その1つ年下のお姉さん、私と同じぐらいの歳の男の子が1人でした。
私はそれでも、祖父に「石段が途中で崩れ始めていて危ないから絶対にあそこへは行っちゃだめだよ。」と言われていたのを思い出して、今度はお姉さんに言いましたが、お姉さんも取り合ってはくれませんでした。
「心配しなくても、石段が崩れていて登れなかったら引き返せば良いよ」
そう言って、とうとうみんなは歩き出してしまいました。
私もとうとう心が折れて、後ろを小走りに着いて行きました。
本堂の裏にある木造りの門を登っていくこともできたのですが、それでは大人達にばれてしまうと言うことで、遠回りして裏山に入ることになりました。
ただ、それには川を横切らなくてはなりません。
「どうするの、お兄ちゃん」
そう聞くと、お兄ちゃんは自慢げに話しました。
「俺知ってるんだ。この川べりを歩いて行くと、木の橋があって、この前それを見つけたんだけど、その先に道があるんだよ。石畳が敷いてあるから、きっとお前の家の裏山に繋がってる」
私にはお兄さんが何故その道の先が家の裏山に繋がっていると思うのかさっぱり分かりませんでしたが、お兄さんはもう何を言っても聞きそうにありませんでした。
やがて、歩いていると橋が見えてきました。
ほらあっただろ、と、お兄さんが一番にそれを渡ります。
橋はかなり古くなっているようで心もとないものでしたが、幸い川までの高さはそう高くなく、川の流れも穏やかで渡ること自体はあまり怖くありませんでした。
特に田舎の子供達はそういうことに慣れっこなのかみんな平然と渡っていくので、私も急いで後を追いかけました。
ところが、
渡っている途中であるものに気がつきました。というか、目が合ってしまったのです。川の上流のほう、鬱蒼とした林の奥に影がありました。形はぼんやりとしていて見えませんでしたが、黒い塊のようなものがこちらをじっと見ているのです。
やはりおかしいと思いました。それ自体が怖いというわけではないのですが、あまりにもこちらをじっと見ているので何かあるのだと思わずにいられませんでした。
「ねえまって!」
私は叫びました。
皆橋の先で振り返って、驚いた顔でこちらを見ました。
「やっぱりだめだよ。ここ変な感じがする。危ないよ」
そう必死に訴えますが、
「今更怖くなったの?」「ばれたら自分が怒られるからじゃない」
と、みんなそんなことを言って全く聞く耳を持ってくれませんでした。
たまらず私は指をさして言いました。
「あそこ!見てよ!こっち見てる!」
みんなは影の方を向いて首を傾げました。
お兄さんが近寄ってきて私に言いました。
「俺がいるから怖がらなくても大丈夫!」
そう言って、私の手を引いてどんどん歩き出してしまいました。
私は不安でべそをかきながらも手を引かれてそのまま歩いて行きました。
後ろからはお似合いだとか、らぶらぶだとか茶化す声が聞こえましたが、それどころではありませんでした。
歩いて言った先には、本当にあの石段があったのです。
それも、全く崩れてなどおらず、綺麗なままの石段がかなり上まで続いていました。
登る間、両脇は林に囲まれているというのに鳥の声や木々のざわめきも何処か遠くに聞こえ、さっきの影の気配さえ完全に消えていました。曇りのせいだったのかもしれませんが、私には薄暗く感じました。
そして、ついに階段を登り切った時、視界がぱっと明るくなりました。
そこは、砂利の敷き詰められた拓けた土地でした。
小さめの一軒家ならば楽々と建てられる程の広さの土地です。
その土地に、私の背丈よりもずっと大きい岩が幾つか転がっていました。
砂利のせいとは思えないほどにその丸い土地の中には草一本生えておらず、ただ、どちらを向いても岩が転がっているばかりでした。
みんな不思議そうにあたりの石を見回っていましたが、私はもう泣き疲れてそんな気分にはなりませんでした。
恐ろしいものが出てこなくて安心していた反面、その無機質さと、変わらず続く静けさにここは何かがおかしいと思っていました。
「ねぇ見て、この岩」
お姉さんが一際大きい岩を指差して言いました。
「よく見ると何か書いてある」
皆が寄っていくのにつられて私も覗き込むと、そこにあったのは文字でした。
岩に一面びっしりと何かが彫ってあるのです。平仮名でもなく漢字でもない。私が子供だからという理由で読めない訳ではないのだと、すぐに分かりました。
そしてその瞬間、足元からすごい勢いで寒気が登ってきました。一度登ってきた寒気はぞわぞわと全身を這い回り、私は何かがいることに気がつきました。
指先が冷たく冷えていくのが分かりました。
正面を見つめたまま硬直した私をみんなが見ています。
その時の私の様子があまりにも普通でなかったのでしょう。どうしたの、と声をかけるみんなの声と表情が強張っているのを覚えています。
私は恐る恐る、下を見ました。
私の足元、正面の岩の下に見えたのは、手でした。それも無数の、手です。
石の下で微かに痙攣している手や、砂利を掻き毟る手、ずたぼろになって血を流す手、そのどれもが苦しんでいるようでした。
見渡せば、全ての岩の下から同じように手が出て、一様に苦しんでいました。
地獄のような光景でした。
「逃げて!!!」
それだけ叫び、私は泣きながら逃げ出しました。みんなの事などもう構っていられませんでした。石段を駆け下り、途中で足を踏み外して擦りむいてしまいましたが、それでも下へ降りなければと足を進めました。
ですが、私は絶望することになりました。
石段は、続いていなかったのです。
途中で崩れ落ち、ほとんどただの土の斜面になっていました。
私はそこから降りる気力もなく、振り返る勇気もないまま、ただその石段の終わりの端に座り込んでしまいました。
(祖父の言いつけを破ったばっかりに、こんなことになったのだ、嫌だ、お母さん助けて。もう絶対約束は破らないから。)
そんな風に思ったのを覚えています。
「◯◯◯っ!!」
下の方から悲鳴のような声がしました。
私の名を呼ぶ母でした。
その声を聞きつけて、祖父や他の家族が来て私をそこから下ろしてくれました。
私は母の腕の中でひとしきり泣いて、落ち着くと、みんなの事を思い出しました。(みんなと一緒に行って置いて来てしまったから助けてほしい)と言うとすぐに祖父が自分が見てくる、と言いました。私はもちろん祖父のことも心配でしたし、みんなもなにやら相談していましたが、「私は大丈夫だから」と言って結局祖父は山に登って行きました。
しばらくして祖父は無事に戻って来ました。ただ、祖父が言うにはそこには誰も居なかったと言うのです。
私は本当に友達と行ったのかと尋ねられ、みんなの名前をもう一度言いました。
それから母か叔母がそれぞれのうちに電話で確認したそうです。
そうすると、なんと、みんな自分の家にいるか、親と遠くのスーパーマーケットまででかけて一緒に買い物していた子までいたそうです。
私は認めませんでした。
誰がどう言って裏山に行く話になったのか、川をどうやって渡ったのか、みんなに必死に話しました。ですが、橋などはなく、その日の川は前日の雨のせいで水かさが増してかなり上流まで行かない限りはとてもではないが渡れないとの話でした。
そのあと、私は祖父にお祓いをしてもらい、母は実家に私を連れて行かなくなりました。
私は見る力が強い為に悪いものも近づいてくるのだと教えられました。
しかし、時が経つに連れて、日常のようにそういうものが見えることはなくなって来ました。
私自身がそういうものをもうなるべくなら見たくないと思ったからかもしれません。
それでも偶に、ふとした瞬間そういったものを目にしてしまうことがあります。
それは私の意思とは関係なくいつも目の前に現れて、消えて行きます。
両親はその後離婚し、父に引き取られた私には母や母方の実家とも連絡を取る術はありません。
ただ、今もし祖父と話せるとすれば、あの時のあれが何だったのか、知りたいと思います。
まだあれがあそこに存在するとすれば、ああいったものは特別ではなく、きっと色んなところにあるのだと思うのです。
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