
工場の敷地内メンテナンスで入構している業者さんから聞いた話。
夏季になると草刈りや樹木の剪定の為に決まった業者さんが三人ほど来るのだが、その中の一人に香村さんという男性がいる。
喫煙所で一緒になった際、野球の話で盛り上がり、顔を合わせた時は挨拶をするようになった。
香村さんは古希を迎えたばかりで、以前は造園業の社長をしていたそうだ。
年齢的にも体力的にも限界を感じて倅に家督を譲り、それでも草木の世話が好きな彼は、工場や商店街の植木の手入れ作業をしていると教えてくれた。
そのうち仲間内で香村さんイコール庭師、庭師と言えば平沢進の曲『庭師KING』、という流れで『キング』というあだ名がついた。
とある昼食後、一服をしに喫煙室に入ると、キングがちょうどタバコに火を付けているところだった。
挨拶をしてから自然と雑談が始まったのだが、キングがその日剪定をしたツツジの話になった。
「虫食いが目立つから殺虫剤の散布が必要だな。…ツツジ見るとさぁ、昔山で見たでけぇ鹿を思い出すんだ」
フィルターギリギリまでタバコを吸いながら、キングは面白い話を聞かせてくれた。
「俺が造園業を始めてすぐの頃、九月の終わりくらいだな。ツツジの山採りをする為に地主の許可を貰って社員二人連れてとある山に入ったんだよ。
特に変わった様子もないありふれた山だったんだが、奥に入って作業する為に道具持った瞬間、それまで五月蝿いほど聞こえてた鳥や虫の声が一瞬にして静まり返ったんだ。
恐ろしいほどの無音に鳥肌が立って、思わず社員二人の顔見たらさ、真っ青な顔して俺の後ろを指差しながらガタガタ震えてるんだよ。
恐る恐る振り返ったよ。そしたらさ、ばかでけぇ鹿が俺らを見下ろして立ってたんだ。
あれは優に三メートルは超えてた。あり得ねぇでかさだった。
あまりの衝撃に身体が固まって動けなかったんだが、鹿は俺らを容易く飛び越えて消えちまった。その瞬間、音も戻ったんだ。しばらく呆然としたね。
だからよ、もの◯け姫に出てくるあの鹿の神様いるだろ?あれ実在するんだよ。宮◯駿も見たんじゃねぇかな。だから知ってるんだよ」
俺はタバコを吸うのも忘れて話に聞き入っていた。
「その後は見なかったんですか?一回きり?」
「一回きりだ。というか、そんなやつがいる山にはもう入りたくなかったからなぁ。それきりもうその山には近付かなかった。地主に言っても鼻で笑われたよ。夢でも見たんだろってお決まりの文句貰ってお終いだ」
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