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長編

海岸沿いの夜道にて

2019年3月27日
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私は、数年前に東北の某海岸で、堤防を作る仕事をしていました。 その海岸には、南北に走る直線の国道からゲートを入った東側に、曲線の道が海に沿うように伸びており、地図で見れば、アルファベットのDのような見た目になっておりました。 私の職場は、その海沿いの道の真ん中にある、広めの駐車場に建てられたプレハブの事務所です。 駐車場には車両の他に、堤防を作るための重機や材料が並べられておりました。 そのため、夜間は盗難やイタズラのないように、ゲートに鍵をかけて国道からの出入りを封鎖した上で、事務所に3人で泊まり込んで機材の管理をしていました。 ある日、私は2人の作業員、A・Bと宿泊管理の当番を務めていました。 1人ずつ仮眠が取れる上、翌日は休みになるため、この当番は比較的楽な仕事でした。私たち3人はテレビを見たり、夜食を食べたりしながら夜を過ごしました。 1時を回った頃でしょうか。Aが私たちに言いました。 A「なぁ、コンビニに行かないか?」 コンビニは北側のゲートから出た先にあり、徒歩で行こうとすれば片道20分はかかります。普段なら先に買い出しを済ませてから当番に臨むのですが、どうやらAはそのことを失念していたようです。 私「遠いし、今日は車もないから、行くとしても1人で行けよ」 A「この道、外灯も少ないし、建物もないから1人は怖いんだよ。人助けだと思って、頼むよ」 B「俺はパス。見回りの時間が近いし、2人で行ってくるなら俺が留守番しておくよ。こういうときのために3人いるんだし」 Bは、そう言うと早々に一抜けを果たしてしまいました。 結局、私はAの説得に負けてコンビニまで付き添うことになりました。北側のゲートの鍵を取ります。 Bを事務所に残し、比較的明るい駐車場を離れると、ポツリポツリと置かれた外灯の明かりだけが遠くに見える、長い長い暗闇が目の前に広がりました。海岸に寄せる波の音だけが辺りを包みます。 なるほど、これを1人で歩くのは怖い。国道に出れば多少は店や住宅もあるのでここまで暗いということはないのですが、この道は夜間に人が出入りすることをあまり想定していないように思えます。私たちは懐中電灯の明かりを頼りに、道を北上し始めました。 店や住宅、コンビニがあるのは国道の北側で、南側は切り立った崖の後、長いトンネルが伸びているだけなので人気はあまりありません。 しばらく歩くと、事務所が離れたせいか、ますます怖さが増してきました。道が曲線のせいで、進む先が見えづらく、自分が今どこにいるのか分からなくなりそうです。 私はまだブツブツとAに文句を言っていました。 私「どうして先に買い出しをしておかなかったんだ。こんな距離を歩くことになるなんて」 A「今日は車がある日だと思ったんだよ」 私「自分が車で来ればよかったのに」 そんな感じで、私たち2人の雰囲気は次第に悪くなっていきました。しかし、引き返そうにもこの不気味な道を1人で引き返すのは、もはや厳しいと感じます。仕方なく、険悪な雰囲気のまま、道を北上し続けました。 10分ほど歩いたところでしょうか。車道にはみ出しながら歩いていた私たちのはるか後ろから、波の音のほかに、エンジンの音とタイヤの音が聞こえてきました。私たちは急いで道の端に寄りました。やがて、ヘッドライトの明かりが近づいてきて、私たちの右側を白いバンが通り過ぎていきます。 すると、私たちの少し前でそのバンが止まりました。 なんだろう?と怪訝な顔で窺うと、助手席の窓が開き、短い金髪の青年が顔をのぞかせて、明るい口調で話しかけてきました。 「お兄さんたち、どこ行くんですか?」 私は近づいて、「この先のコンビニまで」と答えました。バンの中には、青年と同じくらいの歳の運転手のほか、1組の若い男女が後部座席に乗っていました。 「だったら、ちょうど通り道だし、乗って行きますか?」 この申し出は、正直とても魅力的な提案で、私の気持ちは乗せてもらう方に大きく傾いていました。 都会に住んでいる皆さんはどうか分かりませんが、私の住んでいた田舎では、通りすがりに知り合いを車で運び合う文化が残っておりました。 見ず知らずの人とはいえ、彼の明るい雰囲気と、それまでのAとの険悪なムードや疲れを考えると、ここで乗せてもらってさっさと買い物を済ませるというのは、私の中では合理的な考えだったのです。 金髪の青年が助手席から降りて、後部座席へのスライドドアを開けてくれます。 私は、迷惑ではないかと他の3人の様子を窺いました。運転手は特に何の反応もしていません。 後ろの男女はというと、酷く顔色が悪く、2人で身を寄せ合って震えていました。そのあまりの様子に、私は乗ることをためらいました。季節は春。震えるような寒さではありません。 私「あの、この人たち、大丈夫ですか?」 その時です。私の腕は、グイッと強く引かれました。車のドアから離されます。 私の右腕を引いたのは、Aでした。Aは早口でこう言います。 A「コンビニ、もういいわ。戻ろう」 私「は?何言ってんだよ、お前が」 A「いいから!戻ろう!」 そう言うと、Aは私の手を引いて、バンからものすごい勢いで離れていきました。 厚意を無下にする形で別れることになり、私は申し訳なさからバンの方を振り向きました。すると、 バンッ!! バンバンバンバンバンッ!!!! 大きな音がします。手です。手が後部の窓を叩いています。力一杯。割れんばかりに。 その手の間から、先程後部座席で震えていた男女がこっちに向かって何かを叫んでいます。私は耳を澄ませました。 たすけて そう言っているように聞こえます。既にドアは閉まり、金髪の青年は助手席に戻っていました。なので、車内の声はよく聞こえません。しかし、たしかにそう聞こえるのです。 私「おい!あの人たち!やばいんじゃないか!助けないと!」 A「いいから歩けよ!いいから!」 私「でも、助けてって!」 Aは歩みを止めようとはしません。 そうこうしているうちに、バンは走り出しました。窓を叩く音とともに、私たちから離れて行き、やがて見えなくなりました。 その段階になって、ようやくAの歩みは緩み、私は腕を振りほどきました。 私「どうしたんだよ急に!」 A「あいつらがヤバいの気づかなかったのか!?」 私「お前そりゃ後部座席の人たちが助けを求めてたんだからヤバいやつらなのは」 A「違くて!!!」 私「……どういうこと?」 A「お前、北側のゲートの鍵持ってるよな?」 私「うん、開けなきゃ出れんし」 A「南側のゲートも同じだよな!?」 私「……あっ」 A「あいつらどこから入ってきたんだよ!?」 私たちは、結局、事務所まで足早に戻り、Bに見回りを任せ、事務所で震えながら一晩を過ごしました。 翌朝、日が出てから確認しに行くと、南側のゲートには何の異常もありませんでした。北側も同じです。車がこの道に入ることも出ることも事務所にあった鍵か私が持っていた鍵がなければ不可能だったのです。 私とAは、それ以降宿泊管理の当番を外してもらいました。あの青年の不気味な明るさと、後部座席の男女の窓を叩く音、そして悲痛な叫びが今も頭から離れません。 ここからは後日談です。 数日経って、南側の海岸に男女の遺体が打ち上げられました。 警察の調べでは、南側の崖から飛び降りて心中を図ったものと見られています。遺書も見つかりました。 しかし、その男女の顔を、私とAは確認できませんでした。打ち上げられた現場に居合わせたので、見ようと思えば見れましたが、そうはしなかったのです。それを確認してしまえば、あの日の出来事が夢や誤解ではなかったことになってしまう気がしたからです。 どこからともなく現れて、どこかに消えていった白いバン。 仮に、あの車が心中を図った男女のような「死者」を運ぶ車だったとしたら、望んで死を選んだ2人が必死に助けを求めるようなその行き先は、きっと天国の類いではない。 そして、そんな車にあの時私が乗っていたら……そんなことを考えずにはいられません。 皆さんも暗い夜道にご注意ください。

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