
長編
七面様
匿名 2017年4月17日
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私の後輩であるOから聞いた話である。
今回の話を投稿するにあたり、仮名ではなく頭文字表記としたのは、この頭文字の「O」がまったく彼の姓名と無関係であるからだ。
今回投稿する話は地元の人間が読めばある程度は推察出来る故に、街の名前やOの名前に関しても意図して全く関係の無いものを使っている事を先に述べておく。
その日、私は後輩3人(私とOを含めた計5人)と一緒にOの実家で飲み会を催す約束をしていた。
Oの家に来る予定の後輩というのが、全員Oの知り合いであり幼少の頃からこの街で彼と育った幼馴染であった。
Oの家は代々地元に根付いた地主の家系であり、実家の裏にそびえる山々は全て彼の家が所有する土地でもある。
Oはその家の長男であり、初代から数えて十七代目となるそうだ。
昨今では珍しい由緒ある家柄だが、実際にOの家に遊びに行った際は、家族全員が歓迎してくれたり、時代錯誤的な堅苦しさは全くなかった。
一つ気になる事と言えば家の至る所に神棚が置いてあったことだろう。
古くから続く家系である為、土地神や家神の類を祀っていてもおかしくは無いが、それにしても二階建ての家の中、各部屋に一つづつ神棚を置いているというのは、何とも奇妙な感じがした。
怪談めいた四方山話が好きな私としては気にせずにはいられなかった為、それとなくOに話を聞くとやはり代々Oの家で祀っている神様のものであると言う。
Oは私と違い怪談やオカルトの話をまったく好まない質なので、私の話がその手の方向に向かいそうな予感を察したのか、その時は話のさわり程度で終えられてしまった。
暫くすると他の後輩もやって来て飲み会が始まった。
話の種は誰々と誰々が付き合っている、や最近流行りのゲーム、互いの趣味の事など銘々 笑い声を交えながら酒を飲み交わしていたが、次第に時間が過ぎ夜も更けてくると、誰ともなしに怪談の話をするようになった。
Oにとってはさぞかし居心地の悪い事だが、私達は呼ばれた身にもかかわらず、酒の勢いもあってか、1人1人 誰々から聞いた話なんだがと始まり、終いには実体験なども交えて怪談話に花を咲かせた。
この時、普段であれば怪談話が始まれば即座に耳をふさぐOがやけに強気であった事を覚えている。
今にして思えば、彼も酒に酔っていたのだろう。
その時、私が話したのは祖父から聞いた「七つ首峠」という怪談だった。
話自体はどこにでもあるような昔話で、何処かにある山の峠の井戸に出る女の幽霊の話だ。
名のある武家の奥方であったが、戦で負けて家が没落し、夫も家臣に弑逆された後、世を儚んで井戸に身を投げた。
それから夜毎、女の幽霊が井戸の前に立って出るようになり、ある日井戸に続く道の端に七つの首が並べられたそうだ。
その首というのが、夫を殺した家臣のものであった、という話だ。
有り体にあまり怖くはないが、その話を聞いていた後輩の一人 田口が奇妙な事を口にした。
「そう言えばこの町のにある山の名前も七が付きますね」
聞いてみると、確かに七のつく名前の山だったが、名前の由来は私が話したものとはまったく異なるものだった。
ここでは山の名前を仮に「七山」としておく。
そして田口がその七山で実際に自分が体験した奇妙な話をした。
それは田口が小学生くらいの頃、七山で田口が遊んでいた時の話だ。
彼は七山にある広場のような所で友達と野球をしていたそうだが、ふと茂みを見るとそこにとても大きな白い蛇がいたそうだ。
何分 子供の頃の記憶である為定かではないが、茂みの奥の木に巻きつく蛇の大きさは田口の身長を軽く超えていたようだった。
そして何を思ったのか田口はその蛇に向かい石を投げ始めたそうだ。
蛇を驚かそうと思ったのか、或いは追い払おうと思ったのかは定かでは無いが、幼い田口はそうしてぽんぽんと石を蛇に投げ続けた。
しかし、いつまで経っても蛇は身じろぎ一つせずじっと田口の方を見ていたという。
次第、飽きた田口が友人を呼ぼうと思い振り返ると既にそこには彼の方を不思議そうに見ている友人の目があった。
そして友人の一人が田口に向かい何をしているのかと聞くので、彼はそこに大きな白蛇がいるから皆も見てみろと言った。
しかし友人は、先ほどから田口一人が何も無いところに石を投げ続けるばかりで、白蛇など何処にもいないと言った。
そんな馬鹿なと思い田口が茂みを見ると、確かにそこには白蛇の姿はなかった。
後から友人に聞いても田口以外は誰もその白蛇を見ていないそうだ。
「怖いわけじゃないけど、なんか不思議な感じでしたね。今なら夢だったのかなって思うんですけど、それにしては白蛇の姿がリアルでした」
そんな話を田口がし終えると、そう言えばと言ってもう一人の後輩 山井が口を開いた。
山井の話もまた、生まれ育ったこの街にある七山に関する怪談であった。
これは山井が聞いた話であるが、七山には鎌倉時代 戦の布陣の為に開かれた街道がある。
街道は整備され、今では地元民の憩いの散歩道となっているが、その道の端にある古井戸の話だ。
古井戸は既に埋められ石組みだけとなっているが、その井戸には夜になると時折、女の幽霊が立つという。
暗い夜道を、しかも整備されているとは言え山の中を歩くとなれば、そんな女が立っていればさぞや怖いだろうと思ったが、私はそこで先程 自分が話した「七つ首峠」の話を思い出した。
古井戸に立つ女の幽霊、奇妙な符合であると思ったが、そう感じたのは私だけではなかったようで、そこにいた全員が不思議なものを感じた様子だった。
と、そこで今まで話を聞いていただけのOが口を開いた。
「俺の家がここに古くからあるのは前も話したけど、ウチで祀ってる神様の話はした事なかったよね」
Oの話によると、Oの家の後ろにある山の中にはお社が建てられており、そこに祀られているのが「七面様」と呼ばれる神様であるらしい。
お社は10年以上前に改修されたがOの家の人間以外は殆ど出入りする事はなく、地元の住民でもその存在を知らない人の方が多いほど寂れているらしい。
七面様の由緒について、Oは知らないらしいのだがOの家が初代から数えて今に至るまで連綿とその社を守護し続けているのは確からしい。
Oも幼い頃から父親に、お前が十七代目としてこの山とお社を守っていくのだと言い聞かされたそうだ。
そしてOの父親はその父、Oの祖父から同じような事を言い聞かされていたらしい。
そんな理由からか、Oは怪談の類が苦手だが妙に信仰に厚い所がある。
O曰くこの七面様というのがどんな神様であるのかは分からないが、どうやら白蛇の姿をしているという話を幼い頃に祖父から聞いていたそうだ。
その為、Oの家では蛇を、特に白い蛇は何があっても害してはならないときつく言い伝えられているらしい。
またしても奇妙な符合であった。
先ほど田口が話した、七山で見た大きな白蛇の話と部分的に合致する。
私達は何やらこの怪談四方山話が奇妙な雰囲気を帯びてきている事を感じつつ、しかしそれぞれが持ち寄る話が似通っている事の不思議さを少しだけ楽しんでいた。
そんな折、私と田口、山井とOの話を聞いていた最後の後輩、佐渡が締めくくりと言わんばかりに話し始めた。
佐渡は七山に関する話と、私の七つ首峠に関する話を聞いている最中、なんとも無しにその奇妙な符合をスマートフォンで調べてみたという。
「◯◯さん(私)と山井の話だと女の幽霊が、田口の話だと白蛇が、Oの話だと白蛇の姿をした七面様っていう神様の話が出てくるけど……」
と、そこで佐渡は話を区切り、たった今調べ終えたスマートフォンの画面を私達に見せた。
そこには「七面天女」と呼ばれる存在に関する項目が映し出されていた。
七面天女、或いは七面大明神と呼ばれるそれは、日蓮宗系において法華経を守護するとされる女神であるらしい。
古くは日蓮宗総本山である身延山久遠寺(山梨県)の守護神として信仰され、日蓮宗が広まるにつれ、法華経を守護する神として各地の日蓮宗寺院で祀られるようになった。
仏教系の神仏なのかと思ったが、どうやらそうでもないらしく、元々は山の池に住む龍神(蛇)としての土着信仰の対象が仏教の波及と共にその姿を変えたようだった。
「白蛇の七面様も、単なる蛇じゃなくて女の姿をした蛇だって事だよねこれ」
と、佐渡が声を落としてそう言った時、私達は全ての話が奇妙な所で部分的に繋がった事に気付き寒気がした。
七つ首峠と、七山の井戸に立つ女の幽霊が天女とは思えないが、七山に出た白蛇と、白蛇を祀るOのお社、そして七面様が女の姿をした蛇神であると言う奇妙な符合は、私達の口を少しの間でも閉ざすのには十分過ぎた。
誰ともなしにそろそろ話を辞めようか、という雰囲気になったのはむべからぬ事である。
その後も飲み会は続き、気づけば全員が狭い部屋の中で雑魚寝状態で朝を迎える事になった。
翌朝、Oの家を出る際に全員でそのお社へ向かってみようという話になった。
家の裏口から出て山中を突っ切る形で伸びた細い坂道を登ると、こじんまりとした社が見えたが、雰囲気は重く、朝の静けさとは違った、一種独特な寂しさと静寂が辺りを包んでいた。
全員でぐるりと社の周りを散策して、帰路につく際、私は社の後ろ本殿と思われる位置に隠れるようにして作られている古びた井戸を見つけた。
神社に井戸がある事など何ら不思議ではないのだが、昨日の怪談話をなぞるような再びの符合に私は少しだけぞっとした。
井戸には岩蓋がしてあり劣化具合からかなり長い間手付かずの状態であることがうかがえたが、近寄る気にはならなかった。
後日談:
- 時々怪談を集めていると部分的に似ているような話を聞く事があります。 そう言った話は探って行くとルーツが同じであったり、謂れが同じである事が多いのですが、今回はそういったちょっと奇妙な怪談です。
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