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長編

R・カーソンの亡霊 ウイルス編

しもやん 2020年2月1日
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 中国大陸発の新型コロナウイルスが猛威を振るっている。  WHO(世界保健機構)は押っ取り刀で対策を練り、厚労省事務次官は訳知り顔で日本の検疫体制の強固さをくり返し主張する。  嗚呼すばらしき哉、21世紀の疾病対策。  しかし彼らは根源的な部分を見落としている。  そもそもなぜ、中国大陸から新型ウイルスがトースターからパンが飛び出るように供給されるのか?  2000年代前半のSARS、香港を震源地とするインフルエンザ・パンデミック。まるでかの地が瘴気漂う魔性の大陸のようではないか。  事実、そうなのである。      *     *     *  中国(および自治区である香港も)では古来より、野生の水鳥を捕獲し、それらを蚤の市で売りさばく文化がある。マーケットには多数の露店が立ち並び、いましがた捕まえてきたばかりの鳥たちが店の裏手でにぎやかに鳴く。鳥たちは新鮮さや貴重さを計りにした時価で販売され、売れればその場で屠殺されて客に手渡されるのだ。  ところで全世界を席巻する致死率の高いインフルエンザが、数十年に一度の割で発生しているのをご存じだろうか。ひとくちにインフルエンザといっても多様であり、われわれが日常的に罹患するかぜのワンランク上程度のものから、頑健な青年でも死に至るほど強力な株もある。20世紀でもスペインかぜ、香港かぜと呼ばれるパンデミックが発生し、何千万単位の人間が死亡している。  このことからインフルエンザウイルスは、異なる対立遺伝子を持つタイプが無数に存在しているのだと結論できる(同ウイルスのワクチンが毎年WHOの指示にしたがって製造されるのはそのためだ。流行りそうな型を予想しているだけなので、外れれば当然効果はない)。  いったいなぜ毒性の強いインフルエンザやコロナウイルスが発生するのか。彼らはどこからやってきたのか。  その保菌者とは、水鳥である。  鳥類はわれわれ人類が誕生するはるか前から恐竜から進化し、独自の種を築いてきた。当然ウイルスによる寄生も幾度となくあっただろう。そのたびに水鳥たちはウイルスの毒性に対抗できる遺伝子を獲得してきた。ウイルスのほうでも宿主が死んでしまっては元も子もないので、弱毒化した穏健派が生き残っていった。軍拡競争として始まった進化合戦は長い時間をかけて停戦協定を結び、共生の段階にまで達したのである。  その結果、現在の水鳥の体内には多数のウイルスが巣食うことになった。彼らは人間が腸内細菌を飼い慣らしたのと同じように、病原体ウイルスと共存しているのである。      *     *     *  1960年代初頭、衝撃的な著書が鳴り物入りで出版された。その名も〈沈黙の春〉。  著書の名前はレイチェル・カーソン。言わずと知れた環境保護論の先駆者である。DDTなどの有害な農薬がまき散らされたせいで鳥たちが全滅し、春が訪れてもカッコウもうぐいすも鳴かない。静まり返った不気味な情景を描写した〈沈黙の春〉は、英語圏だけでなくあらゆる国で翻訳され、世界的ベストセラ―となった。  同時に彼女は環境保護論者たちの精神的支柱、伝説的人物に祭り上げられるようになったのである。日本でも彼女の人気は根強く、ほとんど神格化されているといってよい。 〈沈黙の春〉は農薬の過剰な使用が生態系を破壊すると喝破し、化学物質に頼らない有機農法を推奨している。また人間の都合でとばっちりを受けて死んでいく鳥たちにも哀歌を送る。  確かに彼女の果たした業績には意義がある。まだ日本が戦後復興の真っ最中で環境への影響など一顧だにしなかった時代に、いち早く警鐘を鳴らしたのだから。とはいえ〈沈黙の春〉には科学的真実というよりも、著者の感情的な記述が目立つのも事実である。農薬を使う現代農法はすべて悪だ、鳥や森が悲鳴を上げている、恥知らずな人間たちよ、悔い改めよ……。  現代の環境保護論でR・カーソンの影響を受けていないものはないといってよい(それほどセンセーショナルで影響の大きかった本なのだ)。彼女の主張に反論するのはなかばタブー視されている感がある。環境や生態系保護をする必要はないと正面切って主張すれば、ほぼ確実に資本主義の走狗だのなんだのという批判を受ける。  環境保護は神聖侵すべからざる聖域なのである。      *     *     *  ウイルスとはそもそもなにか。  彼らはDNA(もしくはRNA)の断片であり、自力では代謝も分裂もできない。生物の定義が〈複製、代謝を自発的にする行為主体〉であることからも、ウイルスはもはや生物とは呼べない。  彼らはA、G、C、Tの4文字で文字通り表現できてしまう。DNA二重らせんの模式図が宙を漂っていると考えてもそれほど真実からの隔たりはない。  ウイルスが自分で代謝も複製もできないなら、どうやってみずからを複製するのか?  宿主を見つけて寄生するのである。  生物の細胞核には身体のレシピである遺伝子、つまりDNAがぐるぐる巻きになって収納されている。それをもとにリボソームで塩基配列が読み出され、必要なタンパク質が合成されるのだ。ウイルスはこのシステムを悪用する。自身の塩基配列を宿主のそれに滑り込ませてしまえば、放っておいても自分自身が勝手にどんどん合成されていくわけだ。  上記のような特性上、ウイルスは非常に変異しやすい。質より量を重視した戦略を採用した彼らは、高等哺乳類のようなDNA複製エラーを校正する酵素を持っていないのだ(=DNA修復リカーゼ)。複製でミスが起きれば変異はそのままにされ、それが改善につながるならば次世代へ受け継がれる。耐性株はまさに自然淘汰の理論通りに生まれている。  DNA修復酵素がないため、ウイルスは互いに配列を交換することさえある。放射線などで偶然に突然変異が起きるよりもはるかに大規模に遺伝子が変わるため、一度の交換でまったくべつの株が生まれてくることも少なくない。  以上がインフルエンザやコロナの新型が世に出るメカニズムである。  ところで新型が高い致死性を保持しているのは驚くにあたらない。  それらは人類にとって未知の株だ。いっぽう反対に、彼ら新型からしても人類は初めて寄生する相手なのだ。水鳥の項で述べた通り、ウイルスや細菌が宿主と停戦協定を結ぶまでには途方もなく長い時間がかかる。  生まれて間もない新型に勝手などわかるはずがない。3歳児にショットガンを渡して引き金を引かせるようなものだ。おそらく新型ウイルスはわれわれの知らないところで日々、生まれているのだろう。ただ大多数が人類に寄生できるタイプではないというだけのことだ。      *     *     *  中国の水鳥市場で問題なのはマーケット全体の衛生観念の欠如である。  水鳥は種類別にわけられることもなく一緒くたにされ、糞便や臓物、飛び散った血液で店の裏手は目を覆うような状態だ。それまで彼らの体内に封じ込められていたウイルスが解き放たれるのはこのときである。  ここでまずいのは水鳥たちが乱雑に管理されている点である。1つの種ごとに異なるタイプのウイルスが寄生していると単純に仮定しても、乱雑な管理がどのような結果をもたらすかは一目瞭然だろう。  糞便や血液を介して互いにウイルスは混じり合う。自然で起きているよりも急速に遺伝子を交換し合う。新型が矢継ぎ早に生まれ、それらのうちのひとつが人類に感染する――。      *     *     *  いまや問題は中国の家禽市場そのものであることがわかった。  対策は簡単なように見える。なにも武漢に緘口令を敷いて人びとを拘束し、WHOなり厚労省なりに所属する研究医が大車輪で新型の塩基配列を解析する必要などない。  家禽市場そのものを閉鎖すればよいのだ。  もちろんそんな理屈は通らない。文化人類学者たちが声高に、「各国には独自の文化があり、それがなんであれ尊重しなければならない!」と口角泡を飛ばして喚き散らすからだ。  最近は文化相対主義も市民権を得た。成人の通過儀礼としてクリトリスを麻酔なしで切除する部族の文化も、女性を第二市民として男性に隷属させる中東のイスラム文化も、大規模に焼畑をして土地を細らせるミクロネシアの文化も、すべてが尊い。それらは死守せねばならない。そういうことらしい。  文化は守ろう。家禽市場大いにけっこう。ではその代わりに水鳥そのものを駆逐しようではないか。  そんな暴挙は許されない。比較的毒性の少ないDDTを少しばかり撒いて鳥がいくたりか死んだだけで、カーソン女史による世界的ベストセラーが書かれてしまったのだ。それが半世紀前の1960年代であることを思い出してほしい。当時よりはるかに環境保護意識が高まっている現代に、組織的な水鳥の駆除をするというのは事実上不可能である。  以上のような経緯で新型コロナウイルスは生まれてきた。  そしていま、現在進行形で多くの人びとを苦しめている。このようなパンデミックはこれが最初ではなかったし、最後でもないだろう。水鳥がこの地球に生息し、それを不衛生な環境で売る家禽市場がなくならない限り。  われわれはお節介なカーソン女史を恨むべきなのだろうか。  そうではない。  半世紀以上も前に出版された論文を後生ありがたがり、散見される科学的誤謬には目もくれないまま「環境保護は正しい」と盲信するわれわれ現代人すべてが、この災厄を引き起こしているのだ。  新型コロナウイルスの蔓延は、まぎれもない人災である。

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