
中編
幹夫くんとウヌキロさん
匿名 2021年3月2日
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30年近く前。
小学校で仲の良かった幹夫くんという子がいた。
幹夫くんは自称霊感持ちだった。
といっても、常にはっきりと見えるわけではなく、調子の良い(悪い?)ときに見えたり感じたりする程度だったらしい。
私の方はというと、霊感云々には縁がなかったが、怪異怪談の類いは大好きだった。
あれは6年生の夏だったと思う。
その日も幹夫くんと私、2人で下校していた。
「あれ?」
幹夫くんが急に立ち止まった。
彼の目線の先には、畑の一角の見慣れた小さな雑木林があった。
「あんなのいたかなぁ?」
彼曰く、雑木林の間に今朝まではいなかった犬くらいの大きさの黒いモヤが見えるとのこと。
私は「お、またいつものだな」と思った。
しかし、今回はいつもとは違って、姿こそは見えないものの、私にも何となくそこに何かいる気配を感じることができた。
私は初めての体験にテンションが上がった。
一方の幹夫くんも、初めて私が同じ感覚を共有できたことでとても喜んだ。
幹夫くんは笑うと眉が八の字になる。
そのときの彼の情けない笑顔を、私は今でもよく覚えている。
私たちはそれを「ウヌキロさん」と呼んだ。
名付けたのは幹夫くんで、由来も聞いた気がするが忘れてしまった。
ウヌキロさんは常にその雑木林のところに居て、その場を動かない(らしい)
私たちはいつも登下校のついでにウヌキロさんを眺め、その正体について語り合った。
状況が変わったのはそれから2か月くらい経った頃だった。
幹夫くんによると、だんだんウヌキロさんの姿形がはっきりしてきて、少し動いたりもするようになったという。
その頃から、幹夫くんは時々学校を休むようになった。
初めは半月に1日くらいだったが、季節が冬に移ろうにつれて長く休むようになった。
私はよく学校からの連絡張や給食のパンなどを彼の家へ届けた。
いつものように届け物をしたある日、青白い顔をした幹夫くんがボソッと言った言葉を覚えている。
「ダメだったんだ…名前なんか付けちゃ…あんなのいないんだ…」
それからしばらくして、幹夫くんは家の都合(ご両親の離婚だった)で隣町の母方の実家へ移ることになった。
卒業を間近に控えたある日、一人で下校中のこと。
あの雑木林が目に入った。
何気なく眺めていると、驚いたことに雑木林から黒い影が道の方へ這い出ようとしていた。
「ウヌキロさん…?」
姿が見えたのは初めてだった。
這いつくばるそれは、ぼんやりとした輪郭だったが、人間の子供に近い形をしていた。
私はすぐに踵を返しその場から逃げた。
怖くてたまらなかった。
以来、今に至るまで私はその雑木林には近づいていない。
先日、人づてに幹夫くんが亡くなったことを聞いた。
幹夫くんが隣町に引っ越して以来、ついに彼とは会わず仕舞いだった。
年賀状のやり取りはしていたが、それも最初の数年だった。
私自身も大学に進学したのを期に、地元を離れている。
疎遠になったのはそうした物理的距離の理由もあったが、やはりウヌキロさんのことが一番の理由だったと思う。
彼が学校に来なくなったのは、単に家庭環境によるものだったかも知れない。
そう思いながらも、やはり私にはウヌキロさんが関係しているような気がして仕方なかった。
葬儀はすでに遺族のみで執り行われたらしいが、せめてお線香くらいはあげたいと思い、かつて彼から届いた年賀状に記された住所を訪ねた。
日が傾きかけた閑静な住宅街を、スマートフォンの地図を頼りに歩く。
私は彼に対して罪悪感を感じていた。
ただ、それが具体的に何なのかは説明がつかないし、私が何かすることでこの状況が回避できたとは思えなかった。
地図の示す目的地が間近になった。
最後の角を曲がった瞬間、信じられないものを見た。
道の真ん中に立つ黒い影が、私を見ていた。
「ウヌキロさんだ!?」
すぐに私は思った。
それは真っ黒で人のような形をしている。
背は2m以上あり、腕や首が普通の人間より長い。
一瞬が果てしなく長く感じた。
私は恐怖ですくむ身体を叩き起こし、全力でその場から逃げた。
やはり幹夫くんはウヌキロさんに殺されたのだ。
駅まで走り切り、そのまま崩れるようにして泣いてしまった。
幹夫くんを想ってではない。
ただ怖かった。
ウヌキロさんの身体は真っ黒だったが、私を見つめるその顔だけが違った。
小学生だった時を思い出させる。
面影があった。
八の字眉のあの笑顔が、真っ直ぐ私を見つめていた。
きっと私は二度とその街に近付くことはない。
幹夫くんには本当に申し訳ないと思う。
でも怖くてどうしようもないんだ。
あいつは私を待っている。
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