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長編

物件

匿名 2025年7月13日
怖い 30
怖くない 17
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物件を探していた時に、私が実際経験した事を置いときます。調べたんですが、結局ここで何があったのか全く分からずじまい。。 -- 初めての一人暮らし、物件探しの日。 まだ20歳の私にとって、それは人生の大きな一歩だった。 不動産屋で担当してくれたのは、華奢で柔らかい物腰の若い男性。彼は慣れた手つきで、次から次へと物件を案内してくれた。だが、どの部屋も私の心には響かず、ただ疲れだけが募っていった。 5軒、6軒と回るうちに、いつの間にか日が沈み、街は薄暗くなっていた。 「もう一件だけ、行きましょうか」 彼の声に、正直「もう帰りたい」と思った。空腹もピークだった。なのに、なぜか私は断れなかった。 案内されたのは、10階建ての古びたマンション。2LDK、家賃は驚きの5万円。安さに驚いたが、営業の彼は「絶対おすすめです」と電話で仮予約をしようとする。 「まずは中を見てから」と言って、エレベーターで3階へ上がった。 その3階の空気は、違った。肌にまとわりつく湿気のような、不快な重み。息苦しくて、体の芯がざわついた。 玄関で彼が鍵を差し込むが、なかなか回らない。錆びついているらしい。力を込めても固く、彼は少し離れて電話をかけはじめた。予備の鍵を探しているようだったが、見つからなかった。 しかし電話を切ると、もう一度試す彼の手に鍵はすんなり回った。 中に入ると、広めのキッチンに左右に分かれた二つの部屋。普通の、どこにでもあるような部屋だった。 「ここ、決めた方がいいですよ!ほかの方も明日には契約したいって言ってますから」 彼の声はやけに熱を帯びていた。冬なのに、額に汗がにじんでいた。 私は気持ち悪さと寒気、吐き気とめまいに襲われながらも、巻き尺を手にカーテンの長さやキッチンの寸法を測り、スマホで部屋の写真を撮った。 ベランダの窓には、カーテン代わりに貼られた紙があった。ふと気になって、それを剥がして扉を開けると、そこに広がった景色は恐ろしくて言葉を失った。 真っ暗だった。夜の暗さとはまったく違う。光がこの空間に飲み込まれているかの様などんよりとした暗さだった。 ベランダの向こうには一面、墓墓墓…。広大な墓地とマンションの間には深い大きな溝があり、断崖絶壁のように見えた。懐中電灯を向けても底が見えない。更にその先には墓地ですら覆い尽くすような、深く大きな雑木林が会った。これをただの雑木林とよんでいいか分からない。 兎に角、その、この世とは思えない空気感と景色に圧倒された。 慌てて紙を戻し、カーテンを引いて扉を閉めた。 「もう、いいです!」 営業の彼にそうだけ告げて、部屋を飛び出した。 ちらりと彼の顔を見たとき、ゾッとした。 表情が崩れているのではない。顔のパーツの位置が狂っているわけでもない。 ただ、そこにあるべき“人間の形”が何かおかしく、まるで何かがゆがんで透けているような、そんな得体の知れない違和感があった。 店舗に戻る途中、どちらも黙ったまま。 背筋に冷たい何かが張り付いているようで、とても楽しい会話ができる状態ではなかった。 営業の彼も、何か様子がおかしい。 店舗に戻ると、別の女性の営業が現れ、 「今日中に捺印しないと他のお客様に渡ってしまいますよ!」と急かしてきた。 私はスマホで撮った写真を見せようとしたが、なぜかカメラが起動しない。 契約はもちろん断った。 営業の彼は最後まで店の前で見送ってくれた。 そこで、ふと例の写真を彼に見せようと思った。今度はちゃんと起動する気がしたのだ。 思った通り、カメラは何事となかったように起動した。 例の写真を開き、 「すみません、これだけ見ていただけますか?」 と言って写真を見せた。 すると、みるみる彼の顔が青ざめ、しどろもどろで何か言いながら、店舗の中に消えていった。 これで、少しは納得してもらえただろうか? 駅前までくると、そこは明るく賑やかで、とても安心した。人の喧騒がこれほどホッとするのは初めてだったかもしれない。 家の前、あと数メートルというところで、突然コートの裾が引っ張られた。 枝にでも引っかかったのかと思ったが、周囲には何もなかった。確かに、何かが引いていた。 肩が異常に重くなり、裾がグイグイ何かに引っ張られる。頭が冷たく重たくなり、それは背中から全身に広がった。動けなくなった私は、震える手で母に電話をかけた。 「おねがい、塩を…持ってきて」 母はすぐに玄関に現れ、私の姿を見つけると走ってきて、頭と肩、全身に塩を振りかけてくれた。 その瞬間、肩の重みも裾を引く力も、すっと消えた。 母方の親戚は、霊感のようなものを持っている人が多く、母はたいして驚いていない様子だった。理由も聞かず、ただただ、わたしの事を心配してくれるので、怖かったのと張り詰めていた神経が緩んだのとで、その場で泣き崩れてしまった。 家に戻ると、弟たちが「写真、見せて!」とせがんだ。 弟達には写ってしまったものの話はしていない。ただ、私がどんな物件を見てきたのか知りたがっているようだった。 私も確かめようとスマホの中を探したが、例の一枚だけが消えていた。 その後も何度かあの写真を探してみたが、出てくることはなかった。

後日談:

  • 例の写真は、鏡面ガラスが貼り付けられたキッチンを撮った際の写真でした。 鏡面ガラスに反射して写真を撮っている自分の姿が写っていたのですが… 肩辺りで切り揃えられた黒い髪に、白い痩けた小さな顔、水色の浴衣を羽織った子どもが長い腕を私の腰に巻き付けこっちを見ている姿が写っていました。 ハクだったら良かったのに…

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