
私は82才男、一人暮らしをしていて息子や娘は結婚して独立していた。
私は妻を一昨年に亡くした。
その後は家に籠っている日が続いたが、少し前から地域からの誘いでゲートボールを始めた。
ゲートボール仲間の中に時子という79才の女性がいた。
時子は小柄な体に地味な服装、薄いベージュの帽子、大きめのレンズの眼鏡をしていて普通のお婆さんという雰囲気だ。
時子も夫を亡くしている一人暮らしで私と同じような境遇だった。
ゲートボールを通して、私は時子と仲を深めていった。
時子には娘が2人いて、どちらも家庭を持ち子供がいるという話も聞いた。
孫の写真をお互いに見せ合い
「可愛いねぇ。」
などの話をしていた。
年末にゲートボール大会があり、そのあとゲートボール仲間と軽く飲みに行った。
そして、夜7時くらいになるとお開きになった。
帰り道も時子と一緒に歩いていた。
私も時子も帽子を被り、厚手のコートを着ていた。
時子といろんな話をしながら、笑顔の絶えない時子だった。
道を進むごとにゲートボール仲間とどんどん別れていき、そのうち時子と2人きりになった。
私は寒い夜道でポケットに手を入れながら歩き、時子も息を白くして寒そうにしていた。
時子の家が近くなると、
「ねぇ、恭太さん。私の家で暖まっていかない?」
「え?いいのかい?」
「えぇ。うちにはお酒もあるし。」
私はウキウキと笑いながらついていった。
時子の家の上がると、時子が一人で暮らすには寂しい立派な家だった。
若い頃の時子夫婦や娘2人の小さい頃の写真、さらに最近撮ったであろう孫の写真も飾ってあり、時子の人生が感じられる玄関や廊下だった。
仏壇で時子の旦那さんにお線香をあげたあと時子とともにこたつに入った。
日本酒を少しご馳走になりながら、時子と顔を見合わせて世間話。
時子と一緒にいるとまるで本物の夫婦のような感じもして楽しかった。
時子の家には少しお邪魔するつもりだったが、気がついたら一時間以上も話していた。
そのあと時子の家を後にすると、外は雪が降り始めていた。
・・・
年が明けて最初のゲートボール場に時子は現れなかった。
ゲートボール仲間と時子の話をしていると、何と時子は年末に体調を崩して亡くなったという。孤独死に近いような最期だったらしい。
葬儀は身内だけで行われたそうだ。
私が時子と会ったのは生きているときであり別に霊でも何でもないが、時子の最期に一緒に過ごしたことは色々と感じさせるものがあった。
後日談:
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