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壁⁉
長編

壁⁉

匿名 2015年1月19日
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これは今から3年前に友達のサチとその彼氏、友達のユキ、そしてユキの彼氏も含めた4人で、体験した話である。 友達本人の言葉そのままに書きます。 本栖湖の湖畔は、その夜、風ひとつなく、 穏やかすぎるほどの波が寄せていたような気がする。 私達4人で、湖畔に車を走らせていたんだ。 どんな会話をかわしていたのかは、よく覚えてないけど、ただ、私達は映画が好きだったから、彼氏の録音してきたある映画の オリジナル・サウンドトラックのテープをかけていたの。イタリア映画の主題曲で、その流れるような旋律だけは、はっきりと覚えているわ。 曲の終わりが近づいた頃だったかと思う。 「あれっ……」 ハンドルを握っていた彼氏の公介が、声をあげたの。 無理も無いのよ、道が途中で終わっていたんだから。 ううん、終わっているというのは、少しばかり説明不足ね。 道を遮断するように、雲をつくような大きな壁が出来てたの。 「湖畔って一周出来なかったっけ」 と、後部座席にいたユキが呟いたの。 確かにユキの言う通りで、私達は、これまでに何回か本栖湖には来ているけど、道を塞いでしまうような壁なんか、一度も見てないの。 道路工事か何かのために造ったものでもなさそうで。 というのも、その壁はコンクリートを応急的に塗り固めたものなんかじゃなくて、いかめしい煉瓦を丁寧に積み上げたもので、 からまっている蔦のぐあいからしても、かなり古くからあったとしか思えないものだったわ。 「変だなぁ……」 首をひねっていたところ、私達の視界に、ひとつの人影が入ってきた。 それが、なんとも妙なんだけど、壁を這っている蔦のなかから現れたような気がして。 緑濃い蔦の奥に扉があるようには見えなかったけど、ともかく、ひとりの人物が壁を背にしてゆっくりと歩いて来たんだ。 初老の男性だった。 これといって特徴はなかったけど、ひとつだけ、右足をつらそうに引きずってた。 服装は……なんといったらいいのか……中学や高校に通っている男子の詰襟みたいで、色は黒じゃなくて、もっと薄汚れたような風合いの服だった。 「別の道から、行こうよ」 なんとなく薄気味悪くなった私は、公介に そう促したの。 たぶん、公介も、私と同じような気持ちでいたんじゃないかな、ギヤをバックに入れると、焦ったような手つきで車の向きを変え、アクセルを思いっきりふかしながら、来た道を戻り始めたんだ。 けど、無駄な努力だったのかも。 少し走ると、また同じように壁にぶつかったの。 てっぺんが夕靄のなかに融けこんでしまうような、見るからに威圧的な壁なんだ。 「なんなんだよ、いったい……」 公介が呟くとまもなく、さっきの男がここでもやはり右足を引きずりながら、壁を背にして近づいて来たの。 私達を乗せた車は、目一杯の速度で引き返して来たんだから、この男が先回りすることなんて絶対にあり得ないはずだわ。 でも、現実に詰襟の男は目の前に立っていた。 「逃げてっ……」 私の叫び声を聞くまでもなく、公介は再び車の向きを変えて、全速力で逃げ出した、けど、もう、そのときには、私達は壁の呪力から逃れられない身になっているようだった。 どこへ、どのように車を走らせようとも、すぐ目の前に壁が現れてくる。 どんな細道へ入ろうとも、湖へ向かって疾走しようとも、すべてが無駄な努力だった。 壁は、私達を嘲笑うように眼前にそそりたち、そして壁を覆いつくしている蔦の蔭から、かならず、あの詰襟の男姿を現してくる。 ううん、ただ単に姿を現すだけではない。 血走った両眼が恐ろしいほどに爛々と光り、ひきつった口もとからは異様な唸り声が響いている。生きた心地がしないというのは、まさに、こんな瞬間をいうんだろうね。私達は、もう、どうしていいのか分からなくなってた。 そこへ、さらに追いうちをかけるように、 男は凄まじい顔つきのまま、口を大きく開けて 「がるるるるっ……」 と、叫びあげたの。 そればかりか、獰猛な虎のごとく高々と跳躍し、車の前部に乗り上がり、フロントガラスに向けて両手を叩きつけ、真っ赤な口を裂けんばかりに開き、巨大な牙を見せた。 死ぬんだ、と、とっさに私は思った。けど、公介は違った。 「おりろ、おりろ、おりろっ……」 髪の毛を逆立てて叫びあげ、車をいったんバックさせて男を振り落とすや、一気にギヤをロウに叩きこみ、アクセルを最大に踏み込んで、最後の手段とばかり、壁めがけて車を突進させたんだ。 「突き破るぞっ……」 公介がそう叫んだことだけは覚えているんだけど、車が本当に壁に激突したかどうかは、実をいうと、まるっきり覚えてないんだ。車疾走を開始してからは、異常に高まったアクセル音だけが頭のなかを占領し、ほかの記憶はまったくなくなってしまったの。目を覚ましたのは、病院のベッドの上でさ。 「気がついた……?」 といって笑顔を向けてくれた看護師さんの 話によれば、私達の載っていた車はガードレールに激突し、その結果、無惨なほどに大破してしまったという。 そんなはずはないと、4人が4人ともに呆然としてた。 けど、事故現場の写真を見ると、私達の車は湖畔のガードレールをぶちやぶって、波打ち際に転落してた。 その後、私達は無事に退院できたけど、今でも忘れられないのは、そのお祝いの席のことで、4人なかではいちばん怪我の軽かったユキが、紙袋を出して来て、袋のなかに、車に残っていた品物を預かっているという逃れ、袋のなかに、あの時かけていたサウンドトラックのカセットテープが残ってた。 「この曲を聞いてる時だったよね」 といいながら、なんとなく音楽に耳を澄ましていると、 「がるるるるっ……」 いきなり、なんとも不気味な動物の呻き声ともつかぬ、声が爆ぜたの。 間違いなく、あの日、私達を襲って来た男のものだった。

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