
モールの夜間警備を始めて、三週間ほど経った頃のことです。
開店前の巡回で、閉鎖された子ども服売り場の壁にある返却口から、濡れた紙の花が一輪だけ出ていました。雨漏りかと思って拾い、清掃用の袋に入れました。けれどその場所は、二年前に店が撤退して以来、電源も止められているはずでした。
その晩、家に帰ると、飼い猫のコマが私の靴の前に紙の花を置いていました。
コマは保護施設から引き取った老猫で、片耳の先が欠けています。外に出したことはありません。花は、モールで拾ったものと同じく、水を吸ってぐったりしていました。
妙な偶然だと思いました。翌朝には、花はなくなっていました。
それからコマは、毎朝のように何かを持ってくるようになりました。錆びたボタン、子どもの靴下、ちぎれた値札。どれも、あの閉鎖店舗の返却口に落ちていた物とよく似ていました。私は夜の巡回のたびに見つけては捨て、コマの持ち物を見つけては、どこかで拾ったのだろうと考えました。
ところが、ある朝、コマがくわえていたのは小さな銀色の鍵でした。
その日の巡回で、返却口の下に鍵の持ち主らしい名札が落ちていました。古い警備員証です。写真の人物には見覚えがありました。私の前任者です。彼は半年ほど前、勤務中に連絡が取れなくなり、そのまま辞めたと聞いていました。
その晩は、返却口の前に立つのを避けました。
翌朝、コマはいつもの場所にいませんでした。玄関も窓も閉まっている。家じゅうを探して、最後に寝室のクローゼットを開けると、コマが中からこちらを見ていました。前足の間には、赤黒く汚れた警備員証が一枚。
名前は、私のものでした。
私はその日の勤務を休み、モールへ向かいました。返却口の鍵は、前任者の警備員証と一緒に見つけたものを使いました。壁の奥には細い通路があり、その先の保管室に、古い制服や靴が積まれていました。どれにも、持ち主の名前が書かれたタグが縫い付けられています。
いちばん手前の制服は、前任者のものでした。
その下から、私と同じ制服が出てきました。胸の名札には、私の名前。袖口だけが濡れていて、床には水の跡が返却口まで続いていました。
背後で、鍵が回る音がしました。
振り向くと、閉鎖店舗の棚の上にコマが座っていました。口には何もくわえていません。片耳の欠けた頭を、ゆっくりと傾けています。
そのとき、壁の返却口が内側から、三度叩かれました。
私は、次の朝も家に帰りました。
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