
長編
竹藪
匿名 2022年11月5日
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冬入りして寒々しい気温になった一昨日、大学のオカルト研究会の3回生、キタジマさんに仕事の助手を頼まれた。内容的には作業中に隣にいればそれで良く、1万円もいただけるとの事。実にありがたい。そして本日夕刻、講義が終わり、キタジマさんの運転で市街地から30分ほど離れた町外れに来た。ちなみに私は今年の春に入学した一回生。貧乏だしマジでモテないし背も低いしの三つの業を背負った汚れのない純潔ボーイである。道中、仕事の詳細を聞き出そうとしたが、他愛も無い話でお茶を濁され、流行りの漫画の話で盛り上がっていたら現場に着いてしまった。
南西の空がまだ少し明るいが東側に面したこちらの山側は真っ暗だ。キタジマさんが後ろから着いてこいと、懐中電灯片手に竹藪の中に分け入ったので急いで着いていく。足元は笹が生い茂り、周りは背の高い孟宗竹が続いていて、藪の奥に目を向けると完全な闇の黒。わずかな月明かりと懐中電灯の光が頼りだ。道と言えるのか疑わしい獣道を何を目印に進んでるのか、キタジマさんは脇目も振らずどんどん進んでいく。何度か来た事のある道なのかも知れない。肺が悲鳴を上げ出したが、こんな所に一人で置き去りにされたらたまったものじゃないので、根っこにつまづこうが竹の枝が顔にぶつかろうが構わず必死に着いて行った。
もうヘトヘトになるぐらい竹藪の中を歩き続け、東西南北も見失い、完全に陽も落ちて、いい加減目的地はまだかとキタジマさんに言いかけたその時、後ろを歩く私は片手で制された。こちらには少しも振り向かず真っ暗な闇の先をじっと眺めている。一歩も動くな。そんな気配が周囲に満ちた。あまりの静けさに山に入ってから生き物の気配が全く感じられない事に今更ながら気がついた。数十秒たっただろうか、おもむろに私に振り返り、道の端にうながされ、並んで立った。先輩はふところから半紙を2枚取り出しそれぞれの足元の1mほど先の地面に置いた。呪文のような文字が書かれている、そして懐中電灯を消した。一気に辺りは完全な闇に包まれた。見上げた空だけが月明かりでかすかに明るい。いよいよずっと謎だった仕事が始まるようだ、こんな山奥で、、。「何が、」と口を開けかけた瞬間、キタジマさんの見つめる先、道の奥の奥、闇の中に何かがいる。真っ暗でほとんど何も見えないが、何かが確実にこちらに近づいてきている事だけはわかる。野犬か猪か、どちらにしろこんな場所で獣に遭遇するのはヤバい。そして逃げようにもこんなところで先輩とはぐれでもしたらそれこそ命が危ない。ビビり散らした挙句、野郎が野郎の袖をつかむというなかなかチキンな行為をしていたが仕方あるまい。パラパラと砂が草や地面に落ちるようなそんな音がし出して、うごめくモノがさらに近づいてきた。暗闇に目がだんだんと慣れてきた。ニンゲン?なのか?頭が地面につきそうなぐらい、ひどく腰の曲がった老婆のようなフォルム。よく見ると異常に頭がデカい。そして頭を上下に揺らしながらゆっくりと進んでいる。これは、獣なんか比べ物にならないぐらいヤバイ、、。砂が落ちるような音が激しくなっている。さらに近づいてきて、顔が見えた、見たくないのに見えてしまった。顔中、いや禿げ上がった頭までなぜか皺だらけ、みっともない白髪が雑多に生えてる、しわくちゃの口をパクパクさせて何か呟いているように見える、そして目は、目が合いそうでは怖くて流石に見れない。更にめちゃくちゃヤバイのが、鎌持ってる、細長いギラッと光る鎌持ってる。鎌で笹を撫でるように動かしながら、皺くちゃの顔が正面を向く度にズズッと前に歩いてくる。完全に無理、恐怖に耐えられない、私の心の許容オーバー。腰から下が子鹿みたいにガタガタ震えて、心臓の鼓動があまりに激しくて奴に聞こえてしまいそうだ。私はすでに両手でキタジマさんの腕にがっしりしがみついてる。何度もいうが私は男です、情けないのは承知の上です。我々の手前5mぐらいだろうか、なんか上を向いて匂いを嗅いでいるような仕草をし出した。クンクンしている。俺たちが見えないのか?というか匂いでわかる?頼む!そのまま気づかずに通り過ぎてくれ!頼む!さらに近づいてきた!もう限界、目をこれでもかとギューとつぶって、ひたすら神に祈った。(普段何もしてないのにこんな時だけごめんなさい!お願い神様!)我々のすぐ目の前まできたのだろうか、奴の息づかいまで聞こえる、、。フンフン、フンフンと荒々しい鼻息が腹辺りに吹きかかる。鎌でお腹裂かれちゃう!と感じ、恐怖で完全硬直。突然、砂のような細かい物がザァッーと嵐のような音を立てて全身を叩きつけ出した、痛い。
もうどのくらい経ったのだろう、もしかしてこの音と痛みは幻覚なのかも?と思い始めた時、キタジマさんが「もう大丈夫」とささやいて、私の腕をトントンと叩いた。恐る恐る砂?が目に入らぬよう恐る恐る片目を開けると奴はもういなかった。膝から崩れ落ちた。嫌な汗でびっしょり、口の中はカラッカラ、なのに全身に砂らしき物はどこにも付いて無かった、気のせいだったのだろうか?まだ何が起きたのか頭の整理が付かない内に、キタジマさんは「よし、確認も終わったし帰ろう」と私を立ち上がらせ、何事もなかったかのようにそそくさと元来た道に歩き出した。私は車に着くまで、どうやって戻ってきたのかほとんど覚えていない。ただただ思考停止状態で夢遊病患者のように付いていった感覚だけある。ふらふらになりながらようやく車にたどり着き、シートにぐったり座り込んだ。先輩は考え事をしてるのかうむうむ言いながら車を走らせ、途中のコンビニで休憩し、温かいコーヒーで一息ついた。やっと現実に戻れた気がした。「あれはいったい何なんですか?」聞きたくもないが聞かずにはいられない。「あの山のふもとの住人に助けてくれと頼まれてね、どんな奴なのか事前に調べる必要があったのさ」。答えになってない、、。キタジマさんが困ったような申し訳なさそうな顔で続ける、「君を心から信頼してるから正直に言うけどさ、実はアイツに見つかると我々どちらか一人が確実に鎌で◯されたんだわ。」(おかげで片方は助かるんだけどね)
「は?!!?え?は?えっ?はぁぁ?!!?
ちょっ、、。」「念のため用意しておいた目くらましのお札が効いて良かったよ、匂いまではごまかせなかったけど、まぁとりあえず結果オーライだったね!」「‥‥。」先輩は財布を取り出し、笑顔言った「はい、バイト代、一万円!」。私はものすごーく釈然としなかったが、有り難く受け取り、もう一度聞きなおした。「で、アレはいったい何なんですか?」キタジマさんはしかたないなぁとため息をつきながら、かる〜く言った。「砂かけばばあ。ところで君、再来週の土曜日は空いてるかい?すっごい簡単な仕事。内容は現場で説明するよ、是非!」「‥‥‥」「2万円出す」「‥‥やります」。
家までの帰り道、何故かハイテンションでおおいに盛り上がった。こうして私とキタジマ副部長との主従関係、いや熱い信頼関係に基づく友情という名の腐れ縁がこうして始まったのである。
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