がはいらず、
徐々に彼の手が抜けていきそうになりました。
正直、「もうあかん」と思い、心の中では彼に謝っていました。
その時、あの男の声が私の耳元でこう言ったのです「なんでやぁ」と。
すると不思議な事に私は恐怖よりも、「なに糞が」という気持ちの方が強くなり
「絶対井上を離したらあかん、ここで離したらきっとこいつみたいになってしまう」
と思い、無我夢中で腕に力を込めました。
しかし、あいつも執念深く、今度は私の腕を肘から手首にかけて、
鋭い爪のようなもので引っ掻いています。血が流れ出しましたが痛みはありません。
ただ、何か彼の憎しみのような、悲しみのような感情が、私に伝わってきたようにおもいます。
そこへ村山と井出がなんとかかけつけてくれ、
私が家で彼らのポケットに詰め込んだ塩を私たちの方へふりかけてくれたのです。
ギィイヲーーという叫びが聞こえたのと同時に井上の体は軽くなり、
ひっぱりあげることができました。
安堵感から体の力が抜け、私達は草の上に仰向けに寝転び、しばらく空を眺めていました。
東の空がうっすらと明るくなりはじめていました。
太陽が完全に昇りきった頃、ようやく私たちも動けるようになりました。
これからどうしようか悩みましたが、地面にはタイヤの跡もなく、
こんな話は誰も信じてくれないだろうと思い、山を下り、バスで帰宅しました。
帰路の途中、とある陰陽師のかたに念のためのお祓いをしてもらったときに聞いたのですが、
私たちが腕に書いた降霊陣は月が陰のときには有効だが、
陽のときには悪霊を呼んでしまうらしいです。
ただ、その陰陽師が言うには、
「悪霊というのは、自分を悪霊にした悪い人間に復讐するために成仏できずにいるんだよ」
ということです。
この一件以来、私たちは遊び半分で心霊スポットなどに足を踏み入れることをやめました。
誰も眠っているところを、叩き起こされたくはないでしょう?
それに、もしそんなことをしようもんなら、
あれから十数年たっても消えることのないこの腕の傷が、疼きますから・・・