ろうか。
 その答えらしきものをわたしはつい先日、知ることになった。

     *     *     *

 つい1週間ほど前、わたしは祖父母の家へふらりと立ち寄った(もちろんいまでは無人で、お盆に親戚が集まるときの宴会場として残してある)。冬のあいだは屋根近くまで降り積もる雪に閉ざされる寒村も、いま時分になれば車で入ることもできるようになる。なにか理由があったわけではない。仕事にかまけて何年も在所へいっていなかったので、無性に見てみたくなったという程度の動機だった。

 在所は古い木造の一戸建てで、山奥の清流沿いにひっそりとたたずんでいる。家の奥は鬱蒼とした杉林で、在所が人家のどん詰まりになっている。周りには離婚騒動で一家離散したあと空き家になっている長者の家と、犬とともに暮らす老夫婦の家があるきりで、あたりはしんと静まり返っている。

 郵便受けに入れてある鍵を使い、なかに入る。暖房されていない早春の室内は肌寒い。人が常駐していないせいか、かすかにかび臭くもある。父親が定期的に清掃してくれているらしいのだが、家は人が住まなければ荒れるいっぽうだ。
 ぐるりと1階を周り、勾配の急な階段を昇って2階へ。父の妹(わたしからすれば叔母)が使っていた化粧箪笥がいまもそのまま置いてあり、当時のロック歌手と思われる人物の色あせたポスターが異彩を放っていた。
 毛羽立った絨毯には大量のカメムシの死体が腹を上にして転がっている。この地方でこの虫を見ない季節はない。ことに冬はひどい。どこからともなく無限に湧いてくるのである。

 わたしはふと、叔母が使っていた化粧箪笥が気になった。当然といえば当然だが、いままで一度も開けたことがなかったのだ。とっくに結婚して滋賀県に移住した叔母。彼女の青春時代を語るなにかがあればと思って、何の気なしに最上段を引っ張ってみた。

 一冊のノートが入っていた。
 かなり古いものらしく、ぼろぼろに日焼けしていてめくった先から破れそうなしろものだった。B5判くらいの小さなノート。タイトルもなく、右端を糸で綴じてある。縦書きの体裁(右で閉じてあるので)と糸綴じという時代がかった様式から、即座に叔母のものでないことはわかった。

 ためらいはあったものの、表紙をめくってみた。
 驚くほどの達筆で〈支那日記〉と書いてあった(実際は旧漢字が使われていたが、以後すべて現代かな遣いで表記する。また年号も皇紀であ

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コメント(3)

レベル高いけど、分かりやすかった。高レベル投稿を期待します。

史実に絡んだ怖い話、ちょっとレベルが高いですね。日記の空白期間、何が起こっていたのか気にはなります。もあ30年以上前に他界した私の祖父も満州や華南などの戦地に赴いていて、その当時の話を子供ながらに興味深く聞いたものですが、当時の自分に歴史的な知識と見識がもっとあればいろいろ聞けたのにな、と今更ながら残念に思っています。

このお話、はっきり言って怖いのか何なのか わからないんですが。解説が多いです。 もっと分かりやすく書いてくださいね。

本宮晃樹さんの投稿

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