燥感に駆られ始めた。

 それでも頭陀ヶ平あたりまではまだなんとかなった。問題は頭陀ヶ平~避難小屋間の広大な雪原である。尾根や沢であれば地形が目印になるし、灌木にペナントが巻いてあるので冬でも道はなんとなくわかる。だがランドマークの乏しい雪原になると、途端に方向感覚は失われる。それに加えて数メートル先も見通せないような猛吹雪が重なっている。条件はこれ以上ないほど悪い。

 完全に進退窮まった。まったくどちらへ歩いていいかわからなくなってしまった。つけた足跡は数分で消え去り、何度も同じところをぐるぐる回っている気がする。ぐんぐん体温が奪われていく。どの方角へ歩いてもまちがった場所へ出るような気がする。コンパスを出して方角を確認するも、そもそも正しい方角に進めているのかがわからない。判断力も鈍っていたと思う。

 やがて日没。猛吹雪のなか、乏しいヘッドランプの灯りを頼りに雪原をうろつき回ること1時間。俺の脳はついにエラーを起こし始めた。悪天候のなか、登山者らしき人影を認めたのである。60リットルくらいの大容量ザック、ピッケルとストック、スノーシューをザックにくくりつけた重装備の熟達者然とした姿。

 それを見た瞬間、俺はなんというか……諦めた。もう終わりだな、と。非現実的な幻覚を生じさせるほど、脳への糖分が不足しているのだ。観念すると不思議なもので、どうせ死ぬならとそいつについていってみようと覚悟が決まった。するといままでどうしても見つけられなかったペナントが簡単に見つかる。横殴りの積雪で隠されていたのだ。

 とはいえ依然状況は最悪だった。せっかく見つけた正解ルートもすぐにロストし、再び果てのない死の彷徨が始まった。ふつう枝に巻かれたペナントは数メートル間隔で巻いてある。けれどもそのときはその数メートル先が見通せなかった。絶望感に打ちひしがれていると、再び例の登山者が遠くを歩いている。自信に満ちた確かな足取りで。

 もうどうにでもなれ。彼に導かれるように歩いていく。トレースはなかったと思う。いまにして思うとこれは明らかにおかしい。雪に足跡をつけずに歩ける人間はいない。やがて見覚えのある道標が目に飛び込んできた。天狗岩との分岐点だ。ここからはなだらかに起伏する林を突っ切るはずだ。方角を真東にとり、途中何度も雪面に突っ伏して朦朧としながらも、執念で歩いた。

 ついに藤原岳のテーブルランド東端、鋭く切れ落ちた崖に出た

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本宮晃樹さんの投稿

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