仕事から帰宅するのはいつも夜の24時を少し過ぎた頃。12階建てのマンションの10階に1人で住んでいる俺は、自分の部屋の番号が書かれたポストの中を確認してから部屋に入るのが日課みたいなもんだった。エレベーターは決まって左側だけが一階に降りてきていて、すぐ乗れるようになっていた。さすがに24時すぎという事もあって、帰宅する住人も俺だけ。エレベーターで降りてくる奴なんか滅多にいないのである。このマンションに住み始めた頃は、どうして左側のエレベーターだけがいつも降りてきてるんだと疑問に思った時期もあったが、仕事が忙しくなるにつれ、気になる事はなくなった。

あの夏の夜もいつも通り、じとっとした嫌な夏の空気に包まれて、だらだらと帰宅した。ポストを開けると肌の白い女の顔が見えた。ポストの向こう側からこっちを覗いているような、そんな感じだった。
「うわっ、」
これには心底ビビって回ってポストの向こう側を見たが、女なんかいなかった。ただの見間違いかとほっとして、ボタンを押して左側のエレベーターに乗り込んだ。

中に入り、10階のボタンを押してエレベーターが閉まる時、冷たい空気と人が乗ってきた時のような振動を感じてエレベーターがガタンと揺れた。もちろん一階のロビーなんか誰もいない。さっきの女のこともあって気味が悪くなって鍵を持って部屋に逃げ込んだ。

家に帰ってからテレビをつけながら煙草を吸っていた時、玄関の通路からカツカツとヒールの音がした。その足音は通りすがる事はなく、自分の部屋の前から音がする。その場であの女が足踏みをしているような。
「...何やってるんだ?」
ぽつりと呟くと部屋のインターホンが鳴った。煙草の火を灰皿に雑に押し付けて消した後、重い腰を上げ、ドアスコープを覗いたが誰もいない。

...イタズラかよ。
リビングに戻ろうと振り向いた瞬間、あの女が俺の後ろにいた。女と目が合って、「ふふふっ」と声を出しながらニヤリと笑った顔を見た瞬間、恐怖で意識を手放した。

目が覚めた時には、既に朝になっていて女の姿はなかったが、目が合った時の女の表情、笑い声、ヒールの音が今でも耳から離れないし、もう夜中にポスト開けるのはやめた。ポスト越しにあの女がいそうな気がするから。

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