これは私が小学校4年生の時に実際に体験したお話です。


1人で道を歩いていると、一瞬フッと上下左右の方向感覚が麻痺して、そのままアスファルトに倒れました。


こういう時、人は意外と事の真意が把握できるまで、固まったまましばらくじっとしています。



アスファルトに直に触れた腕や膝が熱かったので、季節は夏頃だと思います。



しばらくすると、キーンという耳なりがして、頭の中の空間的な感じが、右斜め方向から真っすぐ前に移動して、方向感覚が元に戻り、そこで初めて『自分は倒れているのだ!』と気づきました。


私はすぐに起き上がり、咄嗟に周りを見回し、誰もいないのを確認して、安心しました。



転ぶところを、人に見られるのがカッコ悪かった、子供ながらに、そんな気持ちが先走っていたのです。



アスファルトとはいえ、時代は1970年代、田舎の県道、人家も少なく、田んぼが並ぶような場所でした。



私は道端の、小高い田んぼの土手に座り、暑いから少し休んでいるふりをしながら、さっき倒れたのを本当に誰も見ていない事をもう一度確認して、ひと安心したら目の前のマンホールにふと目が行きました。

『このマンホールで滑ったことにしよう』
そう、思いました。



その時でした、そのマンホールが「ガンガンガンッ、ゴンゴンッ、ガッパン!!」と音を立てたかと思うと、少しだけ浮いて、その隙間の中から誰かがこちらを覗いている気配を感じました。



すると、小さな1台のトラックが来て、浮いたり閉まったりカパカパしているそのマンホールの手前で停まり、黄色いヘルメットをかむった工事のおっさんが降りて来て、大きな鉄のバールのような物をそのマンホールに差し込んでこじ開け、穴の周りを黄色いバリケードで囲み、荷台から更に「工事中」の看板を降ろして右と左に一枚ずつ立てたあと、その穴へ入って行きました。



鉄のハシゴ段を下りて行く安全靴が「カツン、カツン、カツン」と不気味な音を立て、おっさんは私の方を見ながら下りて行きました。



そして、道端に体育座りしている私の目線と、おっさんの目線がちょうど同じ高さになった時でした。



私は怖さのあまり、先週算数で習った「底辺×高さ÷2」と言う公式を呪文のように何度も何度も唱え始めると、おっさんがハシゴ段で立ち止まって
『ワシは三角形か!!』
と、突っ込みを入れて来ました。

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