海町から就職してきた同期のA君は、もちろん海に囲まれた家に暮らしていた。
そんなA君から聞いた話。
「実家から少し登ると、開けた岬に出るんだ。ちょっとした展望台もあって、なかなかの見晴らし。週末になるとカップルの車が止まってるような所なんだ。
もちろん先は崖になっているから、柵がしてあって先には行けないようになってる。
まあ、死を考えた人間はひょいっと飛び越えられるくらいの柵だけどね。
そう、自殺の名所だよ。
潮の流れで死体があがらないって場所ではなく、普通に打ち上げられるらしい。
僕は幸いにも遭遇したことがないけれど、親父や伯父さん連中が子供の頃は実家の裏のちょっと浜になったところに流れ着いていたらしい。
親父が中学校にあがったばかりの春、夜中に目を覚まして離れの便所に行こうとして、ふと子供の泣き声が聞こえた。
まあ、いまと違って周りは子沢山の漁師町だし、年中昼夜問わず子供の泣き声は聞こえる。
特におかしいとも思わず便所に向かったらしい。
用を足して、母屋に戻ろうとして、ふと浜の方を覗いた。
浜から泣き声が聞こえてきていたからね。
すると小さい黒いシルエットがみえる。四つん這いでハイハイしているような。
隣にはもぞもぞ動く大きな黒いシルエット。
母親と赤ちゃんかな?
親父はそう思ってただ眺めていた。
ただずーっと泣き声は聞こえていた。
母親のような影は抱っこもせずにただもぞもぞ動くだけ。
眠かった親父はそのまま母屋に戻って眠った。
朝になり、いつものように起きて、学校に行く準備をする横を、家族がバタバタ駆けて行く。
大人の会話でなんとなく分かった。
浜に死体が上がっている。
親に止められたが、野次馬となった兄たちに付いて行った。
横たわる母子の水死体。
ああ、昨日の・・・
親父は近くにいた兄に言った、あの二人は夜中にみたとき生きていた。赤ちゃんも泣いてたんだよ。
兄は言った、あの崖から飛び降りたんだとしたら助からないだろ。見間違いだよ。
それでも親父は言った、だってハイハイしていたし、動いていた。
助けられたかもしれない・・・
兄は何も言わず家に引き返したから後を付いて行った。
家に着いて兄はこう言った、あの母子はお互いを縄で括ってた。
赤ちゃんがハイハイしてたのも見間違いだろ。
親父がみたのはなんだったのかな。」