私が最近就職した設計事務所での話。

社員10名程の事務所は古い5階建雑居ビルの2階部分。しばらくして気が付いたのだがこのビル、うちの事務所以外すべて空き部屋なのだ。周りのビルはすべて入居しているというのに。同僚曰く入居してもすぐ移転してしまうんだと。現在はテナントも募集していないゴーストタウン状態。幽霊とか出るんだろと冗談半分で話していた。

ある日こんなことがあった。

残業で遅くなり最後に戸締まりをしてセキュリティをセットした時、事務所の中でドスンと何か落ちる大きな音がした。その瞬間警報ブザーが大音響で鳴りだした。慌てて中に入って電気を点けてみたが何も変わった様子がない。
警備会社に電話して事情を説明した。扉や窓を開けたり動く物を感知しなければセキュリティは反応しないと言われ、もう一度確認してみたがやはり異常はなかった。

釈然としないまま帰宅して次の朝は一番で事務所に着いた。扉の前までくると中から人の話し声が聞こえる。誰か先に来たのかな!? しかし

セキュリティはON状態

鍵はかかっている

さすがに気味が悪くなり、誰か来るまで外で待っていた。しばらくすると社長がやってきて今のことを話したら気のせいだと笑われてしまった。事務所に入るがやはり何も変わらない。もちろん誰もいない。

訳が分からない

数日後会社の懇親会があり、私は意を決してビルの件を社長に聞いてみた。最初は言葉を濁していたが、しつこくお願いすると渋々小さな声で話し始めた。

ここはバブル全盛期、すべてのフロアに闇金業者が事務所を構えていたビルで初代オーナーは闇金グループを束ねている人物だったらしい。
バブルの煽りを喰らった多重債務者たちに法外な高金利で金を貸し付け、返済できない場合は地獄の取り立てで多くの債務者を死に追いやった。事務所内で割腹自殺する者、ガソリンをかぶる者、屋上から一家全員で飛び降りるなど凄惨な出来事がこのビルで過去にあった。


極限まで追い詰められ、このビルを終焉の場にした彼らの無念は今でも深く染みついていたのだ...


次の日の昼休み、私はビルの階段を上がってみることにした。もはや恐怖心など無かった。薄暗く静まり返った階段で当時の出来事を思い浮かべてみる。

このビルで絶命した人たちはどんな気持ちでこの階段を上がったのだろう。
心中した家族には幼い兄弟もいたそうだ。何も知らず無邪気に駆け上がったのかな...

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