まだ学生の頃、夏休みも終わりに近づいたある日の午後、私は山上湖に釣りに行く事にした。

家から車で2時間程度で行けるその湖は山上のダム湖であるが、先に手前にあるもう一つのダム湖が見えてくる。皆この下のダムで遊ぶため上のダム湖までは人はほとんど入って来ない。ここから先は悪路を進む。

車が離合出来ないほど狭い道幅の砂利道を進み続け、昼でも薄暗い林の中を抜けると山上湖に辿り着き、一面に清らかな景観が広がる。少し湖畔沿いに進んだ所で道の脇に車を停めた。

湖面に突き出した形で小さなお堂がある。敷地の側面と背面は湖に面しており、真ん中に古い木造のお堂が置かれている。お堂の扉は閉まったまま朽ち、使われている形跡は無い。周囲の水際は石垣で、水面から1メートル程の高さがあり、間際の水深は水底が見えるか見えない程度である。

直ぐ横には小川が流れ込んでおり、景色も足場も良く、このお堂の周りは私のお気に入りの場所だった。辺り一帯には民家も人の気配も無く、凛とした自然が広がっている。

午後3時頃から時間を忘れて釣りと景色を楽しんでいた。小川のせせらぎ、小鳥の鳴き声、西日に美しく染まりだす湖面を気持ち良さげに蜻蛉が飛んで行く。釣果も上々で本当に心地良い時間が過ぎて行った。

やがて暗くなり、夜釣りの前に夕飯にしようと車に弁当を取りに戻った。ここへ来る途中のコンビニで買った弁当とジュースを取り出し、そして車のトランクからランタンとレジャーシートを出そうと車の後ろに回った。

トランクを開けようとした時、水面の向こう側に動く白い影のようなものが見えた。湖畔沿いにカーブになっている道の先からこちらに向かってゆっくりと進んでくる。車ほど早くは無く、ライトも付けず音もしない。人よりはかなり大きく見えるぼんやりとした白い塊がゆっくりと此方に向かって進んで来ていた。

正体が把握出来ず、少し嫌な感じがした。しかし今までの楽しい気持ちがまだ勝っていた。

ランタンとレジャーシートをトランクから取り出し、私はやや早足で車からお堂の方に戻った。お堂の裏側にレジャーシートを広げ腰を下ろし、ランタンに火を灯した。一息ついて弁当に手を掛けながらも考えていた。何のなのだろう…辺りの雰囲気も手伝ってか、どうしても異様なモノに思えてくる。

耳を澄ますが何の音も気配も無い。アレはもうお堂の正面付近の道に到達している筈だ。付近に誰かが来たような感覚は全く無い。風も無

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